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小説集

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小説をまとめています。長くて十五分ほどで読めます。
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記事一覧

banksy

banksy

 バンクシー展が開催の日を過ぎて一週間ほどが経ったが、客入りはまずまずといったところだった。バンクシーの作品が日本に来日するのはこれが二回目である。一回目はテレビの昼の番組でも芸能人がいつものごとくおふざけしながら大きく取り上げられた。中でもバンクシーがヨルダン川近くの町の壁に書いた「フラワー・スローワー、フラワー・ボンバー、レイジ、あるいはラブ・イズ・イン・ザ・エア」はバンクシーの象徴的作品とし

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バーガーハウスへようこそ

バーガーハウスへようこそ

 「いらっしゃいませー。こちらでお召し上がりですか?それともお持ち帰りですか?」川嶋有香は、唇の口角を上げて無理やり笑顔をつくった。「メニューはお決まりですか?」「えーと、それじゃあこのメガチーズバーガーセット、こちらで」ワックスできっちり髪を整えた若い会社員風の男性が言った。「ポテトとお飲み物のサイズはいかがいたしますか?」「んー普通のサイズで」男性の後ろには十人ほどの客が、メニューを見たり、注

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雨と晴れのあいだ

雨と晴れのあいだ

 数時間前から激しく雨が降り、遠くに見える山々は灰色に霞み、町と町を流れる川の上に架かる赤い橋は車で渋滞して、タイヤから跳ねる水しぶきは勢いよく流れる川に落ちていった。縁石の内側を傘を差した人々がぶつからないように肩をすぼめ、ときおり傘を頭上高く掲げ、注意深く歩いていた。黄色いレインコートを着た子供は母親の手をつなぎ、水たまりに長靴ごとばしゃばしゃと入り、さも平気そうな表情で母親を見上げて、母親を

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天使

天使

大雨の夜だった。金曜の夕方近く下り車線は渋滞していて、車のヘッドライトが車道を照らしていた。上り車線に出るつもりだったが、渋滞のせいで仕方なく下り車線に乗ることにした。ウィンカーを出すと右側から来た白いフィットが道を譲ってくれたので、ハザードランプを点滅させた。金曜の人間は天使だ。きっと彼は、これから玄関までレンガのアプローチが続き、サンルーフの下にはオレンジ色の自転車とバーベキューセットが置いて

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海へ

海へ

 地下鉄の電車を待っている中年の男性のこんもりとした腹の山には、ひときわ大きな革のベルトが一周ぐるりと巻き付いている。彼の耳の辺りに群がる白髪交じりの毛は、渦を巻いて、その周囲の黒い髪と明らかなコントラストをなしていた。彼は、茶色の皺が幾重にも出来た年季の入った大きな鞄をだらしなく左足と右足の間に置いた。
彼の後ろに偶然にも位置した正人は「いずれこうなることは分かりきっている」と思った。「これは未

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希薄

希薄

 外は雨がしとしとと降っていた。締め切ったカーテンのせいで、部屋は暗く、ごみ箱からこぼれた紙屑や、床にだらしなく落ちているベルトつきジーンズや、ビールの空き缶は行き場を失い、薄っすらと埃のたまったテーブルの上の白いコーヒーカップの底に、濃い茶色の跡が染みついていた。ぼんやりと暗い部屋の中、パソコンの画面の光だけが部屋の片隅を照らし、部屋中に秀樹のいびきが反響していた。いびきは一方的に不快な音を立て

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変な家

変な家

 むかしむかしあるところに、見渡す限り不毛な土地の、とある王国がありました。

 その王国では人間と翼の折れた妖精が、仲良く暮していました。荒涼な大地には、彼方から冷たい風が吹き、その暮らしぶりは過酷なもので、布切れ一枚敷いた地面で体を九の字に曲げて寝たり、鍋を椅子代わりに座ったりしながら暮らしていたのです。彼らは食べ物を分け合ったり、枯草で作ったボールで一緒に遊んだり、火を囲み国の政治や、食料配

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〈短編小説〉十三夜 2000字

〈短編小説〉十三夜 2000字

 18階のフロアには武のデスクのパソコンのライトだけが辺りを照らし、静まり返ったフロアは日中の騒がしさも嘘のようだ。
「酒井さん先に上がりますねー残業頑張って下さい」と、鷲尾さんの声が聞こえた。
「ええ、お疲れ様です」と武が言うとバタンと扉が閉まる音が聞こえた。
プレゼン資料が一段落した武はエレベーター前の喫煙室へ煙草を吸いに行くと、ガラス張りの喫煙室からは東京の夜景を望むことが出来た。武が自ら吐

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20年前のシネマスクリーン

20年前のシネマスクリーン

 将人はこの巨大なシネマスクリーンを見上げるたびに同じ大きさの真っ白なキャンパスを想像する。将人は赤や青や緑のペンキをそのキャンパスに向けてぶちまけてみたかった。巨大なキャンパスの上で混ざった様々な色のペンキは、キャンパスの下に垂れ落ち、その絵画のイメージは段々と形を持ち現実的なものとして固定されるのだが、鑑賞者に取り込まれた後はそれは固形物ではなく、流動物として抽象的に再生され続けるのだ。そうい

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【短編小説】花 2000字のホラー

【短編小説】花 2000字のホラー

 クラシックギターに触れたのは小学5年の頃だったろうか。今は曖昧な記憶でしかない。高校に上がる頃に周りはバンドブームが盛り上がり、僕はクラシックギターをやってる事が気恥ずかしくなって、エレキギターに転向した。その事を両親に伝えると少し残念そうな顔をこちらに向けた。

 月日が過ぎて僕は社会人になった。同期の彼女が出来た。名前はゆかりと言った。どちらかと言うと積極的な性格で、弱気な僕とは対照的だった

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蠍の尻尾

蠍の尻尾

 知らぬが仏とは昔の人はよく言ったものだ。一度その魅惑的な尻尾を見つけたら、穴の中から引っ張り出さなくては気がすまない。若さとはそういう事だ。しかしそんな愚にもつかない好奇心など、どこかの駐車場のごみ箱にでも捨ててしまえばいい。足で踏みつけてそいつが二度と頭を持ち上げて、こちらの隙を見て微笑みかけるのをやめさせなくてはならない。黄金のアークをひとたび開けてしまったら最後、もちろん知ってるだろうその

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おいしい料理

おいしい料理

 ある秋の青い空が小さな湖畔に映り光っている。他に湖畔に映るものといえばうんざりするほどの木々の緑。ヒキガエルが一匹、枯れた石の上で日々の鬱々とした不満を撒き散らそうと鳴いている。湖畔に沿った山道はカーブを描き、タージマハルを模したピンク色のラブホテルの脇を通り、麓の市街地まで続いている。桜の木が一本、ガードレールと湖畔のあいだに生え、枝は密集する木々の僅かな隙間に伸びて、幹には黄緑色の苔が生えて

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