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初恋。

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プロボクサーの遠藤は、自身のトレーニングを兼ねてスポーツクラブでアルバイトをしていた。そこに新しく入社してきたCちゃんに恋をして…… 遠藤健太郎が過去の初恋を綴るノンフィクション。
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初恋。15話

初恋。15話

2月末に辞める旨を伝えて、3月中旬には職場を辞めることが決まった。
もちろん、大きな理由であるCちゃんのことは誰にも言えない。……嫌いな上司にはバレているんだけど。
僕は、もっとクリエイティブなことがしたいから、という理由を言った。それも本音ではあった。

Cちゃんにメールでこっぴどく言い返されてから2週間くらい経過していた。僕はなにも話しかけられず、Cちゃんも話しかけることはなかった。
けどなに

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初恋。14話

初恋。14話

ちょうどこの頃、僕は引越しを迫られていた。
住んでいたアパートの高齢の大家さんが、自身の介護も兼ねて親戚を近くに住まわせたいという希望で一軒家を建てるためにアパートを取り壊したいということだった。
費用のことで一悶着はあったが、今いるアパートにも飽きてきていたし退去費用が出るのなら願ったり叶ったりでもあった。

***

僕はこれからもCちゃんと連絡を取りたい。
いずれはこの人と結婚したいと固く決

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初恋。13話

初恋。13話

僕はもうそろそろ、ここでのアルバイトを辞めようと思っていた。
べつにスポーツトレーナーとかになりたいわけでもないし、今やってる業務は毎日プールの水温や水質を測るようなもの。生産性を感じなかったのだ。
僕の夢はボクシングの世界チャンピオンだけれど、それに賭けるというよりはそれも夢のひとつだと思っていた。
なにかクリエイティブなことがしたい。
表現がしたい。
それに、Cちゃんにすごい人だと思われたかっ

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初恋。12話

初恋。12話

クリスマスが終わり、その年最期の出勤日になった。
僕はCちゃんと休憩室で少し話した。
Cちゃんは休憩室に置かれたお菓子を指差して「それ食べてくれた?」と聞いてきた。
「食べてないです」と答えた。
「なんでよ!」
「あ、じゃああとでいただきます」
そんな会話も楽しかった。
少し温まってきたところで僕は懲りずに切り出した。

「○○さん、すみません。やっぱ○○さんのこと大好きです。友だちでいいやなん

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初恋。11話

初恋。11話

僕は変わらずトレーニングを続けていた。
Cちゃんへの想いの強さと比例して、Cちゃんの前でいい試合をしてカッコよく勝ちたい気持ちも強くなっていったからだ。
だが、ある日ジムで言われた。
「試合流れたよ。またすぐ決まるから頑張れ」
……こればっかりは仕方がない。
気を取り直してトレーニングに励むしかなかった。
少々気持ちが落ち込んだのは事実だが、この期間に仕上げた身体を低下させたくもなかったからトレー

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初恋。10話

初恋。10話

それからというもの、僕は一生懸命に練習した。仕事の休憩時間にしてたトレーニングも再開した。
休憩時間だけじゃなくて仕事終わりにもトレーニングをしてた。毎日とにかくトレーニングをして本気で勝ちにいっていた。
もう負けられない。Cちゃんの前で無様な姿は絶対に見せたくない。僕は今までになく自分を追い込んだ。

***

ジムエリアには立派な体組成計がある。なんでも100万円以上する優れものだとか。
パソ

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初恋。9話

初恋。9話

Cちゃんと話して別れた日の夜、僕はスマホで調べものをしていた。
Cちゃんの出身大学の近くで、なおかつ○○という職業に関する科などがあるような大学。
関連ワードで検索をかけていって、僕はとうとう見つけ出した。と言っても、僕にかかればものの数分だった。
どんな男なのか。その実態を把握したい一心だった。

ちなみに僕はCちゃんの出身大学も名前を直接聞いたわけではない。聞いた場所や学科からわかっただけだ。

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初恋。8話

初恋。8話

僕はただひたすらに打ちひしがれていた。
悲しくて哀しくてボクシングの練習にも身が入らなかった。
前までいつも仕事の休憩時間にトレーニングをしていたのも辞めてしまった。適当にご飯を食べて、休憩室にあるソファーでふて寝してばかりだった。
だがこの恋を他の同僚に悟られないようにしなくてはいけない。一方的な片思いだけど、職場恋愛だ。
きちんと秘め事にしなくてはいけない。Cちゃんにも迷惑はかけられないと思っ

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初恋。7話

初恋。7話

Cちゃんと通話をして僕は幸せに浸っていた。
そしてもっともっと2人で話がしたいと思った。

***

さて翌週。
ここからこの話は急展開を迎えることになる。

週明けに僕は休日が1日あって、その次の日、火曜日から出勤した。なにやら休憩室にお菓子が置かれている。 一枚の紙が添えられていた。
**富士急に行ってきました! みんなで食べてください! ○○ **
それはCちゃんが買ってきたものだった。

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初恋。6話

初恋。6話

それからというもの、僕はどんどんCちゃんに気持ちをぶつけていった。
今までは家で悶々とした気持ちも、次の日に出勤して面と向かって言う以外に方法がなかったから中々臆して言い出せなかった。
けど今は悶々とした気持ちを夜な夜なメールの下書きに書いて散々推敲して、あとは勇気を持って送信を押すだけで送れるのだ。

そのときの気持ちを文字に書き起こし、それをCちゃんに見せられずに葬ってしまうのは、可哀想な気

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初恋。5話

初恋。5話

コミュ障で女の子に免疫ない男というものは、得てしてLINEやメールでは饒舌になるものである。
僕がそうである。
Cちゃんと連絡先を交換してからの僕は、今までにない速度で好意を示していった。

頭で何度も反復して考え、文章を決める。
そしてメールの画面に下書きをして、あとは送信を押すだけだ。
相手の顔を見る必要もないし、勇気を出す必要があるのは送信を押す瞬間だけだ。
直接会話をするよりよほどハード

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初恋。4話

初恋。4話

また、試合を終えてからの初出勤の日がやってきた。
気が重い。働いてるボクサーは負けた後みんな気が重いんじゃないかな。
僕の試合後初出勤の日は、Cちゃんと朝2人になれる日だ。
Cちゃんと2人きりになれるその日が1番好きだから、そこからまた仕事を始めようとシフト調整の時にお願いしていたのだ。
そんな気持ちで試合後の休暇も調整しているようでは、負けたのもある意味必然だったと今は思う。

Cちゃんに合わ

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初恋。3話

初恋。3話

長い長い待ち時間だった。
僕は落ち着いていられず、黙々と仕事を続けていた。

「待って! あとで話そ!」
Cちゃんが言った言葉の「あと」がいつなのか、そして「あと」というのは期待を大きくする言葉ではないような気もした。

怯えていた。だけどもう待つしかないのだ。
もうサイコロは振ったのだ。どんな目が出たのか、あとは答え合わせを待つだけだ。
考えてもしょうがない。雑念を振り払うように、僕は今まで

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初恋。2話

初恋。2話

試合から数日経った。

あらかじめ休みを取っていた僕は実家に帰ってゆっくりとしていた。
それでも心の中には常にCちゃんがいて、ドキドキとしたりギュッと締めつけられたりして僕の心は余計に休まらなくなっていた。

***

そして出勤の日がきた。
僕はそわそわしながら、何食わぬ顔を作って働いていた。

試合のことで声をかけられるのは予想がつくのだ。それを待ってましたみたいな顔をするのはみっともない

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