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JW469 進む世代交代

【崇神経綸編】エピソード44 進む世代交代


第十代天皇、崇神天皇(すじんてんのう)の御世。

崇神天皇こと、御間城入彦五十瓊殖尊(みまきいりひこいにえ・のみこと)(以下、ミマキ)の元に、ある人々が参内(さんだい)していた。

すなわち、中臣探湯主(なかとみ・の・くかぬし)(以下、クッキー)。

大伴豊日(おおおとも・の・とよひ)。

久米彦久米宇志(くめ・の・ひこくめうし)(以下、うし)の三人である。

系図(三氏族)

クッキー「大王(おおきみ)! 我(われ)も、そろそろ引退にあらしゃいます。ということで、紹介しますぅ。息子の大鹿島(おおかしま)こと『オーカ』にあらしゃいます。」

オーカ「お初にお目にかかりますぅ。我(われ)が『オーカ』にあらしゃいます。」

ミマキ「そうか・・・。そうなるのか・・・。」

豊日「そして『おい』も引退やじ。では、紹介します。息子の武日(たけひ)やじ。」

武日「お初にお目にかかるっちゃが。『おい』が武日やじ。よろしくっちゃ!」

ミマキ「大伴氏(おおとも・し)も、世代交代か・・・。では、久米氏(くめ・し)も?」

うし「その通りっす。俺も引退で、息子の押志岐毘古(おしきびこ)こと『オシキ』に譲るっす。」

オシキ「お初にお目にかかるっす。俺が『オシキ』っす。よろしくっす。」

系図(三氏族の子供たち)

ミマキ「久米氏も、世代交代となるか・・・。」

世代交代が、着々と進む中、時は流れ、紀元前30年、皇紀631年(崇神天皇68)12月5日。

運命の時が訪れようとしていた。

「ミマキ」に死期が迫っていたのである。

そして、遺言を伝えるため、子供たちが呼び出された。

まず、最初に呼ばれたのは、大臣(おおおみ)の尾張建諸隅(おわり・の・たけもろすみ)(以下、ケモロー)。

ケモローの息子、倭得玉彦(やまとえたまひこ)(以下、玉彦)。

ケモローの姉妹で、ミマキの妃でもある、尾張大海媛(おわりのおおあまひめ)(以下、オー)。

そして、オーとの間に産まれた、大入杵(おおいりき)(以下、リキ)と八坂入彦(やさかいりひこ)(以下、ヤサク)であった。

系図(ケモロー、玉彦、オー、リキ、ヤサク)

ミマキ「おお・・・。大臣・・・。次の大王がこと、頼んだぞ。しっかり支えてやってくれ。」

ケモロー「かしこまったがや。老骨に鞭打(むち・う)って、務めを果たすがや。」

玉彦「エピソード317以来だがや。まさか、お別れになるとは思わなかったでよ・・・。」

オー「大王・・・。『リキ』も能登国(のと・のくに:今の石川県北部)から来てくれたがね。」

地図(能登国)

ミマキ「おお・・・。リキ・・・。久しぶりじゃのう。能登は、平(たい)らかであるか?」

リキ「お・・・おとん・・・(´;ω;`)ウッ…。能登国は、しっかり治めてまっせ・・・。」

ヤサク「父上・・・。我(われ)も、もっと活躍し、父上と語らい合いとうござりもうした。」

ミマキ「すまぬな・・・。作者の力量が及ばぬばかりに、汝(なれ)を活躍させられなんだ・・・。」

ヤサク「そのようなこと・・・(´;ω;`)ウッ…。良いのです。父上と・・・(´;ω;`)ウッ…。」

次に呼ばれたのは、東国を治めている、豊城入彦(とよきいりひこ)(以下、トッティ)と、その息子で、ミマキの孫にあたる、八綱田(やつなた)(以下、つなお)であった。

遺言は続く。

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