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ファンタジー小話 #2

 ポーションは不味い。とてつもなく。
 馬糞と煤をじっくりと煮詰めて濃縮させたような味。腐った生魚を下履きの中で半年かけて熟成させたような味。飲用を拒んで息絶えた冒険者もいるほどだから、たかが味の話とはいえ、そのままの意味で『致命的に不味い』というのは由々しき問題だ。
 ――美味しくとまではいかないにせよ、せめて我慢できる程度にならないものか。
 冒険者ギルドからそういった要望が寄せられたのは当然の成りゆきであり、魔法都市の学術院に所属する錬金術師たちは新しいポーションの開発に着手することとなった。
 冒険者の間では周知の事実かと思われるが、ポーションの原料はマリアン山脈にのみ生息する魔物から採取する。ウーズと呼ばれる粘性生物が洞窟の奥深くに生えた万年苔を摂取し、大地の魔力を吸収したのち排泄する。するとウーズの分泌液と万年苔の栄養成分が体内で凝縮され、治癒効果を宿したポーションのエキスに変化するわけだ。
 異様に生臭く苦味が強いのは、魔物の糞を原料としているから。であれば不純物を取りのぞき、治癒効果をもたらす成分だけを抽出したのちに甘味を加えてやれば、口当たりのよいポーションだって作ることができるはずである。
 そう考えたのは、のちの錬金王パシル・フォンス。
 彼は三年かけてサイフォンというガラス製の器具を開発し、水の蒸気圧を利用することでより純度の高いエキスの抽出に成功。あとは蜂蜜を混ぜるだけで完成となった。
 当時の宣伝文句は――地獄の苦しみとサヨナラ、天使の口づけのごとき味わい。
 試飲会での評判も上々だった。
 王侯貴族やギルドの幹部たちが招待され、サイフォンによって作られたばかりの新鮮なポーションを堪能する。誰もが口々にパシルの功績を称え、傷を癒やすたびに口を汚される心配がなくなったことを感謝した。
 ところが……いざ戦闘の最中で傷を負い、かの薬に口をつけた冒険者は愕然とする。
 やっぱり不味かったのである。新しいポーションも、えげつなく。
 当然のように苦情が殺到した。
 従来のものより臭みが強いとの声が多く、蜂蜜による甘みも加味されたことでよりいっそうグロテスクな味わいになっていた。
 試飲会では問題なかったというのがギルドの弁。しかし当然そのような言い訳ではおさまらず、開発責任者であるパシルが王宮に呼びだされた。
 彼は当初よりこの欠陥について把握していたらしく、会見の場において、
「美味しく飲むなら鮮度が大事。賞味期限は常温で半日。それ以降だと味が変化する。ただし品質には影響がないのでご安心を」
「……そうなるとほとんどの場合、不味くなったものを飲むはめになるのでは?」
「かもしれない。だとしても要望を満たしているのは間違いないし、新しいポーションは従来品よりはるかに性能が向上している。本来の用途を考えて問題ないと判断した」
 いっそ清々しいほどの開き直り。だが、パシルの言葉も事実ではある。
 新しいポーションは以前に増して口内を汚染するかわりに、従来のものでは救えなかった命を拾いあげることに成功していたのだから。
 釈然としない話ではあるが、性能そのものは向上しているだけに文句も言いにくい。結果、新しいポーションによって一命を取りとめた冒険者はパシルのいる学術院に向かって悪態をつき、家族や恋人と抱きあうときだけは心の底から感謝することとなった。

 ちなみに口当たりのよいポーションが開発されるのはそれより百年後のこと。
 しかし今でも当時の品のほうが性能はよいとされており、しばしば瀕死の重症を負った冒険者が地獄のような臭みを味わい、地獄の淵からの帰還を果たしている。


芹沢政信 著書リスト

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