20231123

 『下剋上球児』最新話を観た。不起訴になって、前科持ちで就活に落ちまくる南雲を見せられると辛いものがある。先日、文フリ東京で頒布された『破滅派20号』では「ロスジェネの答え合わせ」として、氷河期世代にスポットを当てた創作や鼎談や年表が収録されている。わたしは「ライフロープ」という掌編を寄稿した。九〇年代にグランジブームの立役者となり、一世風靡したニルヴァーナをモデルにした音楽小説。わたしが彼らの音楽を聴くようになったのは大学に入ってからだったので、すでにカート・コバーンは亡くなっていたが影響力は絶大だった。あの頃はミュージシャンが自死することが多かったと記憶している。日本でもhideやフジファブリックの志村などが亡くなった時はよく覚えている。そういう記憶をひとつの物語にしたつもりだ。あの頃はバブルがはじけ、さらにリーマンショックがあり、世界全体が閉塞感に包まれていた。おのずとサブカル界隈では退廃的な、エログロナンセンスといったものが流行っていて、自傷行為や、その先にある自死もファッション化していたように思う。今は、スイスでの安楽死が合法化されるなど、むしろ人生の終わり方の一つのかたちとして考えられ始めている。ゴダールもそうだった。
 話がずいぶん逸れてしまったが、『下剋上球児』では黒木華演じる山住の過去が明らかになる。原作を読んでいないので、何とも言えないが演出に多少問題があった気がする。ジャニー喜多川の性加害問題があったように、男性の性被害についても女性のそれと同じく慎重に扱う必要がある。ところが、今回は性被害を訴えた男子生徒の虚言が明らかになる上に、かなり悪意のある演出で山住の潔白と正当性を補完していた。確かに冤罪は問題であるが、こういう描き方をしてしまうと、性被害を訴えにくい状況を作り出すことになりかねない。山住は女性で生徒は男性であるが、その力関係は立場上ジェンダー関係なく明らかな差がある。そういうことを考慮した演出にできなかったのか、まず原作がどうだったのか読む必要があるが、事実だったとしても疑問の残る回だった。

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