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アメリカ海兵隊のこと①

アメリカ海兵隊のことは、一度は聞かれたことがあると思います。日本国内にも沖縄や岩国などに駐留していますが、辺野古移転問題やオスプレイ配備などの時にやり玉にあがりニュースになっていますので、ネガティブな印象をお持ちの方も少なくないかもしれません。しかしもうすぐ10年経つ東日本大震災の時は、海兵隊を始めアメリカ軍のみなさんがトモダチ作戦と名付けられた活動で八面六臂の大活躍、被災者の救助や生活支援に当たってくれたことを覚えておられる方も多いと思います。

私がアメリカ海兵隊の存在を初めて知ったのは小学5年生のゴールデンウィーク、岩国の海兵隊基地で行われた基地開放イベント(フレンドシップデー)でのことでした。戦闘機の展示やブルーインパルスの曲芸飛行に目を丸くして見入ってしまいましたが、何よりも垂直離着陸機AV-8Bハリアーの飛行試技の光景は今でも忘れることが出来ません。ものすごい轟音と共に飛行機がゆらゆらと浮かび上がり、垂直にゆっくりと上昇して空中に静止し、ゆっくりと向きを変えたかと思うと凄まじいスピードで飛んで行きました。まるでSFの世界のようで子供心にとんでもないものが世の中にはあるなと思ったのを覚えています。

その後コンサルティングの仕事を始めた25年ほど前から、今度はコンサルタントとしての立場からアメリカ海兵隊に興味を持ち、その組織や理念、人材育成(訓練、特に幹部育成)の方法論などの研究を重ねて来ました。実物の各種マニュアル類や将校ハンドブックなどを入手し、現役および元海兵隊員との交流も行い(正確には、「元海兵隊員」という言い方はタブーと言われています。後述)、リアルな実体験に基づく数々の話を聞くことも出来ました。そのユニークかつ高度に洗練された組織作りやマネジメントのあり方には、企業が学べる要素が非常に多いと考えています。

これから何回かに分けアメリカ海兵隊のことを書いていこうと思いますが、良くご存じない方のためにまずアメリカ海兵隊の基礎的なことから書かせて頂きます。ちなみに私はミリタリーマニアではありませんので、その点は誤解無きようお願いします。

アメリカ海兵隊(United States Marine Corps、USMC)は正式には海軍省が管轄する海軍の別動隊という位置づけです。アメリカ正規軍の組織(Military Forces)は陸軍・海軍・空軍と海兵隊の四軍で構成されており、海兵隊はその中でも常に先頭を切って戦闘地域に駆け付ける、先遣部隊としての位置づけを持っています。本土防衛は任務ではない外征専門の軍隊です。

他三軍とは様々な面でかなり性格が異なっており、唯一議会の承認を得ることなく大統領の命令だけで出動することが可能です。またMAGTF(Marine Air-Ground Task Force:海兵空陸機動部隊)というコンセプトで、艦艇・戦闘機・戦闘車両など陸軍・空軍・海軍すべての要素を兼ね備えた軍隊であるという点でも特殊です。戦闘地域にいち早く駆け付け、いわば露払いとして他の三軍(陸・海・空)がやって来れる条件を整えるというミッションを持っているわけです。

戦闘地域に真っ先に駆け付けるわけですから、当然隊員の死傷率も非常に高くなります。ベトナム戦争においては(色々なデータがありますが)、戦地における下士官(将校と一般兵士の中間、海兵隊の中核)の平均余命はなんと、たったの16分だったと言われています。ほとんどの兵士が、戦場に到着して間もなく命を落としてしまったわけです。

入隊してからの訓練は過酷を極め、有名なブートキャンプを始め徹底的なトレーニングを隊員でいる期間中、常に受け続けなくてはなりません。またずっと隊に居続けることは極めて難しく、昇進せず一定期間が経過すると強制的に退役となります。他の軍隊と比べて、基地や宿舎の設備がオンボロなことでも有名です。例えばまるで高級ジムのような設備を誇る他軍のトレーニング設備と比べると、海兵隊のそれは錆びた古いバーベルと鉄棒だけ、ということも珍しくないようです。限られた資源をいかに有効活用して闘うかということが大きなテーマとなっており、あらゆる資源が決して潤沢ではなく、厳しさの割に報われることの少ない軍と言われています。いわゆる「アメリカ的」な発想や価値観とはずいぶん違う様相を呈しているのです。

そこまで過酷な環境なのに、海兵隊だけはこれまで一度も徴兵を行ったことがありません。すべて志願兵のみで構成され、かつ志願しても入隊させてもらえないケースも多くあります。その分、他の三軍と比較すると隊員の士気は概して高く、プライドも仲間意識も高いと言われています。Once a Marine, Always a Marine.という言葉があり、一度入隊した者は一生海兵隊員であり、「元隊員」というコンセプトは無いと教えられます。こういった理念、モットーに類するものが多いのも海兵隊の特徴です。

また戦場で命を落とした隊員の遺体は、そのために更にどれだけ犠牲を払おうとも必ず回収して国に連れて帰る、というモットーもあります。まさに「骨は拾ってやる」の世界ですが、いわば海兵隊員はひとつの大きな家族として、苦楽を共にし、生死を共にする仲間で構成された集団であると言えるのです。予備役を含めると22万人を超える大規模組織で、いかにしてこのような体制を構築し維持しているのか、また組織を進化させ続けているのか、次回からは海兵隊の組織作りや人材育成、マネジメントのあり方などについて書いてみたいと思います。

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