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嫉妬ではなく、愛がないから苦しんでいる。

ほんの感想です。 No.25 志賀直哉作「范の犯罪」大正2年(1913年)発表

志賀直哉作「范の犯罪」には、ミステリーの趣があります。

ある劇場でナイフ投げが行われていたときのこと。奇術師の投げたナイフが、的の前に立つ女の首を掠め、彼女を死に至らしめました。ナイフを投げた夫に、妻を亡き者とする故意があったのか、なかったのか。それを判じるため、裁判官は、現場にいた座長、助手、そして奇術師へ質問を行っていきます。

座長は、最近の夫婦関係の様子について、「他人には柔和で親切で克己心の強い二人が、二人だけになると驚くほどお互いに残酷になる事がある」旨を述べます。

また、裁判官が夫に、妻との関係を尋ねると、彼は、「生まれた子が自分の子でないとわかり、妻を愛せなくなった」ことを話します。そして、妻が憎く、別れたいと思っていること、妻が生活上の理由からそれを承諾しないと考え、自分が苦しんでいることを語ります。

このような夫の説明から、「愛があることでの苦しみ」と、「愛がないことでの苦しみ」について、考えたくなりました。

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「愛があることでの苦しみ」で思い浮かぶのは、「嫉妬」です。その苦しみは、自分から離れたと感じた相手の愛を、「取り戻した」と思うことができれば、緩和される気がします。しかし、

① 相手の気持ちが戻ってくるかは、相手に依存するもので、自分ではコントロールできない
② 相手が、「あなたのところへ戻ってきた」と言ったとしても、猜疑心から信じることができないかもしれない
など、苦しみから逃れることは、容易ではない気がします。

一方、愛がないことでの苦しみは、「范の犯罪」で描かれているように、あれもできない、これもできないと、自分の行動を規制して招いた閉塞感が主な要因と考えられます。嫉妬と比べれば、自分でコントロールできる部分が多く、腹をくくって行動すれば、苦しむ状況から脱出できる気がします。

「范の犯罪」の夫の苦しみは、夫婦の問題というよりも、彼自身の問題のように思われてきました。

この作品を読んだ直後、「暗夜行路」の主人公夫婦の設定と似ている印象を受けましたが、「范の犯罪」を再読して、二つの作品の主人公の問題意識は、異なるものと理解しました。

ここまで、読んでくださり、どうもありがとうございました。

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