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2020年に読んだ本ベスト10

今年私が読んだ全174冊からベスト10を独断と偏見に基づきセレクト。小説、エッセイ、人文書、詩集、漫画、入り乱れての混戦につき、数々の名作がベスト10入りを逃した。そんな中勝ち残った珠玉の10作を、このブログを最後まで読まない人も多かろうということで勿体ぶらず、映えある第一位から発表する。

2020年に読んだ本ランキングベスト10 
1位 『掃除婦のための手引き書』ルシア・ベルリン

【小説・短編集】講談社、2019年、岸本佐知子訳、原題 "A Manual for Cleaning Woman"

「ユーモアのセンスは一流だった。それはたしか。物乞いに五セント玉渡して『ねえあなた。あなたの将来の夢は何?』って訊いたり。タクシーの運転手が無愛想だと『今日はずいぶんと内省にふけっていらっしゃるのね』と言ったり。
「でも、そのユーモアだって怖かった。自殺未遂をやらかすたびにあたしあてに遺書を書くんだけれど、それがいつも冗談まじりだった。いちど手首を切ったときは、遺書の署名が〈ブラディ・メアリー〉だった。薬を大量に服んだときは、"首を吊ろうと思ったけれどコツがわからなかったので"って書いてあった。でも最後のだけはふざけてなかった。"あなたはきっとわたしのこと許さないでしょうね"、そう書いてあった。"わたしも自分の人生を自分で台無しにしたあなたのことが許せない"」
「ママ、あたしには一度も遺書を書いてくれなかったな」
「ちょっと嘘でしょ、サリー。あんた、あたしが自殺の遺書もらったのがうらやましいの?」
「そうね。うん。うらやましい」

川上未映子がゴリ押ししていたのがきっかけで読んだ。面白い。この人の人生がまず面白いし人としても面白い。度重なる転居や三度の結婚と離婚、様々な職業、アル中などの経験を文学に落とし込んだ作品集。この人は生きるために書いている。マジだと思う。嘘じゃない。だから好き。来年は原文で読みたい。

2位 『コインロッカー・ベイビーズ』村上龍

【小説・長編】講談社、1980年

会ったこともないような奴らがよってたかって俺達に勝手なことを言う、そうだ何一つ変わってはいない、巨大なコインロッカー、中にプールと植物園のある、愛玩用の小動物と裸の人間達と楽団、美術館や映写幕や精神病院が用意された巨大なコインロッカーに俺達は住んでる、一つ一つ被いを取り払い欲求に従って進むと壁に突き当たる、壁をよじのぼる、跳ぼうとする、壁のてっぺんでニヤニヤ笑っている奴らが俺達を蹴落とす、気を失って目を覚ますとそこは刑務所か精神病院だ、壁はうまい具合に隠されている、かわいらしい子犬の長い毛や観葉植物やプールの水や熱帯魚や映写幕や展覧会の絵や裸の女の柔らかな肌の向こう側に、壁はあり、看守が潜み、目が眩む高さに監視塔がそびえている、鉛色の霧が一瞬切れて壁や監視塔を発見し怒ったり怯えたりしてもどうしようもない、我慢できない怒りや恐怖に突き動かされて事を起こすと、精神病院と刑務所の鉛の骨箱が待っている、方法は一つしかない、目に見えるものすべてを一度粉々に叩き潰し、元に戻すことだ、廃墟にすることだ。

面白い面白いと聞いてはいたが本当に面白かった。ずっと高速道路の高架下みたいな、もしくは飛行場の滑走路のような、ゴーーーッという轟音が通奏低音になっている小説。後半は読むのをやめられない、そして読み終わったあと全速力で走り出したくなる、アッパー系のトランキライザー。楽に生きることだけが人生の正解ではないのである。これは生き方の問題。

3位 『サピエンス前戯 長編小説集』木下古栗

【小説・長編集】河出書房新社、2020年

「勃起すること自体に勃起してくるんだ。絶好調のスポーツ選手が、自分の抜群のパフォーマンス自体にアドレナリンが出て、さらに素晴らしいパフォーマンスを発揮するように、それはたぶん、自分自身に性的魅力を感じるというよりも、もっと純粋な芸術に似たものかもしれない。真に純粋な芸術には目的も対象も何もない。敢えて言うならそれ自身が目的であって、どこにも向けられていない。この自分自身にさえも。ただ純粋にみなぎっているんだ。何のおかずもいらない。要するに俺自身が芸術みたいなものさ」

なーんで今まで木下古栗を知らなかったんだ!私絶対好きじゃん!何で教えてくれなかったの!下ネタに次ぐ下ネタ、本当にくだらないのだが本当に面白い。語彙が豊富で、描写が緻密。そして非常に文章が上手い。私は表題作より「オナニーサンダーバード藤沢」が好き。本気になって自分で自分を慰めてみろ。

4位 『パリの砂漠、東京の蜃気楼』金原ひとみ

【エッセイ集】集英社、2020年

とにかく何かをし続けていないと、自分の信じていることをしていないと、窓際への誘惑に負けてしまいそうだった。これまでしてきたすべての決断は、きっと同じ理由からだったのだろう。不登校だったことも、リストカットも、摂食障害も薬の乱用もアルコール依存もピアスも小説も、フランスに来たこともフランスから去ることも、きっと全て窓際から遠ざかるためだったのだ。そうしないと落ちてしまう。潰れてしまう。ぐちゃぐちゃになってしまうからだ。

金原ひとみは自分と精神性に近いものを感じる。ネガティブなんだけど紛れもなくギャル。女として、小説家として、妻として、母として、日本人として、そして人間として、傷つき苛立ちそれでも高解像度で感じ考えることをやめない誠実さは生きづらさと表裏一体であるが、彼女のような書き手は、同じ時代を同じように生きようとする人間たちの先達として、絶望的に希望である。吐くように書け、私は死にたいまま生きて生きて生きまくる。

5位 『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』乗代雄介

【小説・短編集(元ブログ)】国書刊行会、2020年

それにしても、来し方を振り返ればなんて楽しいものだったか。まったくもって「ドキドキワクワクは年中無休」もいいところだけれど、もしもブログを書いてなかったらと考えることもある。行く末、どんな賞をもらったところで「ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ」を書いてきた誇らしさには遠く及ばないだろう。

今年出会えてよかった作家。文体が素晴らしい。10年以上しこしことブログを書き続け、ブログのために生きてきたという、その一部が本になったわけだが、どんな賞よりブログを書き続けてきたことが誇らしいという。この厚さの紙の束に詰まった熱量にじーんと来てしまう。誰かのためや何かのために書いているわけではない。書きたいから書く。自分が書きたいことを自分が書きたいように書く。彼は芥川賞候補になってもガッツポーズなどしない、信頼できる書き手である。

6位 『八本脚の蝶』二階堂奥歯

【日記(元ブログ)】河出書房新社、2006年

私を読んで。
新しい視点で、今までになかった解釈で。
誰も気がつかなかった隠喩を見つけて。
行間を読んで。読み込んで。
文脈を変えれば同じ言葉も違う意味になる。
解釈して、読みとって。
そして教えて、あなたの読みを。
その読みが説得力を持つならば、私はそのような物語でありましょう。
そうです、あなたの存在で私を説得して。

才智と魅力に溢れた人であったことは、残された日記を読んだだけでもよくわかる。彼女の功罪が未だにそこかしこで見られることからも、よくわかる。彼女の出した解とそこまでの道程が手に取るようにわかる、わかってしまうからこそ、私は別の解を探したい。いつだって解釈は一つじゃないということの意味を、もう少し遊ぼう。

7位 『サラバ!』西加奈子

【小説・長編(ハードカバー:上・下、文庫:上・中・下)】2014年、小学館

匿名性とミステリアスさにおいて、姉はだんだん、街の神話のようになっていった。
僕は姉のやることに怯えていた。
とうとう姉が本格的に狂ったのだと思った。僕はその頃姉と連絡を取っていなかったが、姉の情報は、つまり巻貝の情報は至るところから入って来た。
「巻貝、今日は神保町にいたって。」
「巻貝、今日は六本木交差点にいたって。」
そのたび、僕は震えあがった。
巻貝(の中身)が僕の姉だとは、誰も知らなかった。僕も言うつもりはなかったし、姉には、つまり巻貝には口がなかった。
僕はまた、姉が僕の人生の邪魔をし始めたと思っていた。
「あれって、歩のお姉さんなの?」
そう、興味深げに僕に訊いてくる皆の顔が浮かんだ。あんな奴が肉親だなんて、とてもじゃないけど耐えられなかった。順風満帆にいっていた僕の生活に再び暗雲が垂れ込めたのだ。
あいつはどうして、いつも、ああなんだ。
僕は姉を恨んだ。心から。姉はもう29歳だった。30を目前にした女が、どうしてまだあんな格好をして「私を見て!」と訴えるのだ。

買ってから3年以上積んでいた。が、読んだら面白い。特に主人公の姉!この姉が本当に面白い。気性が荒く、我が強い。私の比ではないぞ、ぶっ飛んでる。私はこんなキャラクターを生み出せる気がしない。大学のサークルで出会うヤリマン鴻上も好き。私はヤリマンが大好き。やったとかやってないとかそんなことでぐぢぐぢ言うのは女より男なんではないか? あと西加奈子は女性なのに男のちんちんの機序がわかっている描写ができて凄いと思う。

8位 『あばよ〜ベイビーイッツユー〜』不吉霊二

【漫画・短編集】リイド社、2020年

終始めっかわ。超かわいい。一途なヤンキーと広島弁がたまらない。柄にもなくきゅんとする。きゅんとした。私はギャル、ヤンキー、ヤリマン、が大好き。

9位 『精神のけもの道』春日武彦

【エッセイ集】アスペクト社、2008年

ぼくの場合、人間というのは、どんなに頭が病気でも変なやつでも、基本的に論理的なのだと思っています。といっても、本人にとって論理的なだけで、ぜんぜん現実には通用しないんです。本人は「おれは正しい」と思っているし、ここは曲げられないと思っているけど、ぜんぜん王道ではない。無意味に過剰なだけ。そんなとき、人間は「精神のけもの道」を歩きていくという理解で書いていきました。

今年読んだ本の中で一番笑ったと思う。面白い。私好みである。目次の時点で面白い。狂人を神聖視したり野蛮人とみなしたりして私たちから遠さげるでもなく、逆に同じ人間として身近に感じようとこちら側に引き寄せるでもなく、そのままの距離感で坦々と、客観的かつ冷静に”無意味な過剰さ”を描写しているのがよい。

10位 『アマゾネス・キス』意志強ナツ子

【漫画・長編(全3巻)】リイド社、2019-2020年

面白い。全員間違っているのだけど全員愛すべき。話的に暗くなってもおかしくないのに暗くない、ギャグに走らず笑えてかつ面白い。うーん、天才なのでは?



かなり偏ったベスト10になったがしかし、やはり、ベスト10では収まり切らない。頑張れたらまた報告する。ちなみにベスト10の10作はすべて新刊書店で購入した。たぶん今なら全国どこでも手に入るのでぜひ、気になったものがあれば読んでみてほしい。あと、私の好きそうな本などおすすめがあればぜひ教えてほしい。よろしく。

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