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どんなに困難でくじけそうでも 信じることを決してやめないで~読書note-20(2023年11月)~

ようやく空気が澄んできて、地元の山前公園の展望台からも富士山やスカイツリーが望める季節になった。しかし、今年はミュージシャンの訃報が相次ぐなぁ。割とライトなファンだったKANさんが11月12日に亡くなった。いつか、息子達の結婚式で「よければ一緒に」を弾き語りしたいなぁと思い、数ヶ月前にKANさんのピアノ譜曲集を買ったところだった。全然練習してないけど。

ブレイクした「愛は勝つ」の記録を見ると、1990年12月と1991年1月のオリコン月間1位、ということは自分が大学4年の冬だ。後から振り返ると、既にバブルは崩壊しかけていたらしいが、世間はまだまだイケイケの雰囲気があり、自分が社会に飛び立つ直前ということもあって、あのピアノのイントロを聴くと当時のワクワク感を思い出す。前向きで印象的な歌詞が語られるが、やっぱこの曲の肝はピアノイントロの高揚感だよなぁ。いつか弾けるようになりたい。



1.半沢直樹 アルルカンと道化師 / 池井戸潤(著)

いやぁ、半沢直樹はホント面白いなぁ。池井戸潤さんの作品は、昨年末に読んだ「シャイロックの子供たち」以来。ご存じ半沢直樹シリーズの最新作、と言っても時系列的には一番前、最初の「オレたちバブル入行組」より前で、つまり「エピソードゼロ」の話である。

東京中央銀行大阪西支店の融資課長の半沢直樹のもとに、大手IT企業「ジャッカル」が業績低迷中の老舗美術系出版社「仙波工藝社」を買収する話が舞い込む。仙波側はM&Aの意向はないため、半沢は自力で再建する方向で融資を検討するが、M&Aを強硬に進めようとする銀行上層部の横やりが入る、という対立が今回の構図。

そこに、「アルルカンとピエロ」の絵画が関わってきて、単なる企業買収劇の攻防に収まらぬ、深みと広がりが加わり面白くなっている。アルルカンとは、小布をはぎ合わせた服をまとい、黒っぽい仮面をつけた道化師のこと。夏に読んだ原田マハさんの「リボルバー」では、ゴッホとゴーギャンという偉大な二人の画家の葛藤が描かれたが、今回もある二人の若き画家の人生の悲哀に胸を打たれる。

しかし、このシリーズに出てくる資金繰りに苦しむ零細企業の姿が非常にリアルで、同じ思いをしている自分はとても胸につまされる。あぁ、うちの会社のどこからか、相田みつをさん(足利市出身)の未発表の詩とか出てこないかなぁ。


2.心(うら)淋し川 / 西條奈加(著)

「直木賞受賞作にハズレなし」か。三年前の直木賞受賞作が文庫の新刊コーナーにあったので購入。時代小説はあまり読まないのだが、朴訥な表紙の絵が何とも味があって手に取ってしまった。西條さんの作品は初めてだ。江戸の千駄木町の一角を流れる、小さく淀んで異臭を放つどぶ川の「心淋し川」、そのほとりで懸命に生きる、貧乏で訳アリの人々が暮らす心(うら)町が舞台。

酒浸りの父の代わりに針仕事で家計を支える「ちほ」、四人の妾長屋の最年長で面倒見の良い「りき」、癇癪持ちで女と別れ兄弟子から安飯屋を引き継いだ「与吾蔵」、身体が不自由で威張り散らす息子の面倒をみる母親「吉」、博打好きの旦那と喧嘩が絶えない気の強い元遊女「よう」、そんな住民たちを温かく見守る心町の差配(貸家を管理する人)「茂十」、この六人が主役の六篇の短編集。

「差配」って、前の朝ドラの「らんまん」で万太郎たちが東京で住む長屋の場面に出てきた(安藤玉恵さんが演じてた)ので、何となくは知っていたが、この本読んでよく分かった。今の不動産屋とは違って、ただその建物や土地を管理するだけでなく、そこに住む人々の生活の面倒も見てたんだよね。

何といっても、最後の「灰の男」という、その差配である「茂十」の話が秀逸。それまでの五篇で脇役として明るく優しい差配さんとして描かれていた彼の壮絶な過去、決して流すことの出来ぬ「心の淀み」に、胸が締め付けられる。全篇通して切なくも温かい物語だ。寛容と互助、現代の人々が江戸時代に幻想を抱くのも何となく分かるよ。


3.正欲 / 朝井リョウ(著)

今ちょうど映画が公開となり、話題になっていたので購入。朝井リョウさんは初めてかな。「桐島...」や「何者」など読んだような気もするけど。映像化された作品をチラ見しただけか。まぁ、とにかく、今の「多様性」だの「ダイバーシティ」だの声高に叫ぶ風潮に、自分も感じていた違和感をストレートに放り投げてくる作品。

何といっても、構成が面白い。最初に、ある登場人物が書いた文章で始まり、ある児童ポルノ摘発事件のネット記事が続く。そして、その後は最後まで、主に三人、不登校でユーチューバーの息子を持つ検事「寺井啓喜」、男性不信で容姿にコンプレックスを持つ女子大生「神戸八重子」、恋愛に興味なく特殊な性的嗜好を持つ寝具店OL「桐生夏月」の視点(語り)で、その事件の「ホワイダニット」が明かされていく。まるで、倒叙ミステリーのようだ。

また、最初は全く関係の無いように思われた三人の語りが、徐々に関係性を匂わせていく。途中から同事件の容疑者で同じ性的嗜好を持つ、夏月の同級生で大手食品会社社員「佐々木佳道」と八重子と同じ大学に通うイケメン大学生「諸橋大也」の二人の視点も加わり、事件当日へと繋がっていく。

自分は性的嗜好が特殊ということはないが、今までの人生で趣味や生き方がマイノリティだなと自覚しながら生活し、生き辛さや孤独を感じていた時期(特に高校・大学時代)もあった。でも、それはあくまでもマジョリティの中の一部のマイノリティだったと痛感する。世の中には、他人には絶対に理解されない嗜好を持つ人がいる。

マイノリティに寄り添うって、改めて綺麗ごとだなと考えさせられる。


4.たゆたえども沈まず / 原田マハ(著)

11/18に「ゴッホと静物画」を新宿のSOMPO美術館へ観に行った。8月に同じ原田マハさんの「リボルバー」を読んでゴッホに感化され、お盆休みに「印象派」の画家の作品をプロジェクションマッピングで映す展示を観に行ったが、やっぱり生の絵が観たいと思い、今回の静物画展のチケットを買っていた。

《ひまわり》1888年

生の「ひまわり」や「アイリス」は本当に素晴らしかった。それで、ゴッホについてもっと知りたくなり、確か「リボルバー」の前にも原田マハさんがゴッホについて書いた小説があったのを思い出し、本作を本屋で見つけて購入。

19世紀後半のパリが舞台、無名の画家フィンセント・ファン・ゴッホを経済的にも精神的にも支える、弟で画商のテオドール、浮世絵等の日本の美術品を扱う日本人の画商・林忠正、その助手の加納重吉、この野心に溢れ、裏表紙にある「孤高」との表現が相応しい4人の男たちの物語で、特にテオと重吉を中心に描かれる。

加納重吉は架空の人物で、ゴッホ兄弟と林忠正は実在するが、実際に交流した史実は残っていない。ただ、同時代にパリで美術関連の仕事をしており、フィンセントが浮世絵等の日本美術に影響を受けたことを考えると、三人には何らかの接点があったと考えられる。

「リボルバー」でも、フィンセントの孤独と狂気が描かれていたが、本作では兄を支えるテオの視点でそれが描かれる。我が道を行く兄の才能を信じ続け献身的に支えるテオ、そして、自分の唯一の理解者である弟に無類の信頼を置くフィンセント、単なる兄弟愛ではない。世に才能を知らしめんとする画家と画商の執念。

そこに、日本人二人が絡む。学生の頃から恋焦がれていた憧れの地・パリで、決して西洋人にへつらうだけでなく、日本人としての誇りを胸に、一旗揚げようと奮闘する忠正と重吉の覚悟が胸を打つ。浮世絵がこれほどまでに西洋の画家たちに影響を与えたことを、恥ずかしながら初めて知った。忠正と重吉の奮闘が、読み進めていくうちに同じ日本人として誇らしく感じてくる。

ミステリーなど早く先を読みたいと言う本は今まで沢山あったが、何だろう、ずっとこのまま読んでいたい、読み続けていたいと思った本はこれが初めてかもしれない。孤高なのに愛情深い4人の男の、何とも心地良い物語だった。もう一度、ゴッホ展を観に行きたくなったよ。

上の本のタイトル「たゆたえども沈まず」は、パリのことを表した言葉らしい。中心部を流れるセーヌ川の幾度もの氾濫にも負けず、経済・文化の街として発展してきた、パリそのものの姿であると。「どんなときであれ、何度でも。流れに逆らわず、激流に身を委ね、決して沈まず、やがて立ち上がる。」

今月、会社の代表を父から引き継ぐ。創業以来最悪の状況でのバトンタッチは、泥船の舵取りを任されたかのよう。でも、「たゆたえども沈まず」の精神で、V字回復するのを信じることをやめずに、努力を続けていこう。

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