待ち合わせ

 北風吹き荒ぶ、師走の京の都。夜空には煌々と満月が輝き、多くの人々が同じ暖炉、否、同じ炬燵で各々の団欒を満喫せんとする年の瀬のある日のことである。

 下鴨神社裏手の冷たい樹木の洞で、稚拙さとイノセンスを履き違えたまま大学四回生にまであがってしまった男が顔を赤くしたまま踞っていた。

 我々はこの男を哀れな若者と呼ぶべきか、神武以来底無しの阿呆と呼ぶべきか。暫し推考せねばなるまい。なぜならば男の手が確と握っていたのは古ぼけた一冊の本であったからだ。贈答用のリボンが付いた包装紙は半分破れ、布張りの表紙が顔を覗かせている。
 
 これはあくまでも推測だが、これは男がなけなしの貯金と数少ない人脈ほとんど全てを使って手に入れた想い人への贈り物ではないだろうか。その証拠に先程から三日前から考えていたと思われる、彼女に渡す際の文句を呪文のように唱え続けている。これでは聞いているこちらが恥ずかしくて呪い殺されてしまう。


 「こんな聖夜があってたまるものか。」私は木の洞の内側で慟哭したつもりでいたが、もはや言葉にならない嗚咽が細々と垂れ流されていくだけであった。

ーーーーーーーーーー
テーマ:森見登美彦さん

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?