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2/16にしなければならない「リワークプログラム」でのスピーチ原稿(15分)

こんにちは。

今日は、2/16(火)にリワークプログラムで15分間スピーチをしなければいけないということで原稿を作ってみました。(テーマは「フリー」です)

とりあえず叩き台の原稿はできたので、あとは自分の口に付くように練習したいと思います。


以下、原稿です。

今日は「15分のプレゼンテーションを行う」ということで、まずはテーマを何にしようかとあれこれ考えてきました。
ただ、1年以上もの間仕事を休んできたので、プレゼンしようにもなかなかテーマが見つかりません。(いきなり仕事のことをメインに話すのも何だか守りに入っているような気がするので、今回はやめておきます)
そこで色々悩みましたが、今回は「休職期間中に私はこんなことをして元気になりました」ということをお話しさせて頂いた上で、今後の決意表明をしようと思います。

その前に簡単な自己紹介をさせて頂きます。

私の名前は「松永俊一」と言います。
年齢は45歳。職業は社会福祉士として23年間、福祉関係の仕事をしてきました。
家族は13歳年上の妻と二人で暮らしています。(ちなみに妻も同じく福祉関係の仕事をしています)
性格は熱しやすく冷めやすいため、趣味はコロコロ変わります。
ですが、子どもの頃から長らく野球だけは続けてきて、小学校から大学時代まで続けました。社会人になってもしばらく草野球を続けていましたが、仕事が忙しくなったことと、健康面(腰痛とメンタル面)を理由に引退しました。(ちなみにポジションはほぼずっとピッチャーです)

稲田クリニックには2009年の1月から通院をしているので、かれこれ12年になります。(ちなみに病名は「双極性障害」です)

今回このプログラムへの参加理由は「双極性障害」だけではなく「不安症」の症状やその症状に対する不安が強くなってきており、復職も近いのでリワークも兼ねて参加させて頂いています。
実は10年ほど前に休職した際にも「大阪障害者職業センター」のリワーク支援に半年間通った経験があります(その時のファイルが「これ」です)。
当クリニックのリワークもそうですが、このようなプログラムを受けるというのは凄く意義があると実感しています。
現に私は前回リワーク支援を受けて、その後7年間寛解して普通に、いや、むしろ元気に仕事ができていました。(ただ頑張りすぎた結果、身の丈に合わず、管理職になんかなってしまい、結局再発してしまいましたが。笑)

以上が、簡単な私の自己紹介です。

現在、皆さんがどのような状況なのか分からないので一概には言えませんが、症状が落ち着き、元気になってきた時の参考になればと思い、私のこの半年間の暮らしを紹介したいと思います。

私が元気になったポイントは5つあります。

それは、、、

①生活リズムをつくる
②体力をつける
③ぐるぐる思考に陥らない
④役割を持つ
⑤信頼できる人とのつながりを大切にする

以上の5点です。

1つ目の「生活リズムを作る」は、元気になり始めた時に友人からたくさんの「メダカ」をもらいました。その「メダカたち」に毎朝ベランダに出てエサを上げなければいけないので、朝早く起きるようになりました。エサをあげながらしばらくメダカを観察しているだけで、朝日を浴びることができ、体内時計がリセットされます。

2つ目の「体力をつける」は「散歩とジョギング」です。半年以上も引きこもっていたので体力は落ちるわ、体重は増えるわで、始めの頃は散歩に出かけるだけでもしんどかったのですが、継続しているうちにしっかり走れるようになり、今では週に3~4日、毎回18kmほど走っています(先日は枚方の自宅から都島区にある母校・桜宮高校まで、往復34kmを走りました。こうなると目標は完全にフルマラソンです)。おかげさまで体重も10kgちょい落ちました。

3つ目の「ぐるぐる思考に陥らない」は「ブログ(note)」の開始です。
私の場合、家の中で過ごす時間が長くなると、ついついインターネットやSNSを見る時間が長くなってしまい、どちらかというとネガティブな考え方が頭の中をぐるぐる堂々巡りしてしまいます。これが僕には一番いけません。インプットばかりで情報過多になってしまう傾向があったので、今流行りのnoteを開始し、毎日簡単でも良いからブログを書くということを習慣化しました。
おかげで、自分の思考や考え方の癖が整理され、ストレス解消につながっています。

4つ目の「役割を持つ」は「家事」です。現在我が家には猫が3匹いますが、その猫たちの世話はもちろん、掃除・洗濯は全て私の仕事にしました。(ちなみに食事づくりだけは(妻がしたいので)妻の役割です。後片付けはもちろん私です)
やはり役割ができると段取りや時間配分を考えるので、復職するにあたり大事なポイントになってくるのではないかと思います。(何より妻にも感謝されてうれしいです)

5つ目の「信頼できる人とのつながりを大切にする」は、本音をさらけ出せる人がいたら、とにかく「その人とのつながりを大切にする」ということです。

私には幸い妻の他に、私の悩みに何も言わずに耳を傾け、心を打つようなアドバイスをしてくれるような人がいてくれました。
私の場合、元々勤めていた職場との関係性が悪くなり、休職期間中ほとんど職場の人間から連絡をもらうことはありませんでした。
しかし、仕事を超えて私のことを気にかけてくれ、定期的に連絡をくれる人がいました。
それ以外にも自分の体験談をさりげなく交えながら励ましのメールをくれる人など、本当に心の底から感謝をしています。
この点については喋り出すと止まらなくなるので端折らせて頂きます。
お世話になった人たちには再び元気に働き出したのち、良い報告をしたい気持ちで一杯です。

以上が「私が元気になった5つのポイント」です。

この5つのポイントは、全てが相互に良い方向で作用してくれたように思います。また「意図的に」という訳でもなく、振り返ってみれば「結果的に」というような感じがします。

個別様々な状況があるので、こんな話を聞いても全く参考にならないかもしれませんが「なるほど。そんなこともあるんやな」程度に、お役に立つことができたらうれしく思います。

最後に、付け足しのように話がガラッと変わりますが、残りあともう僅かなのでお付き合いください。

休職期間中、私は何度もこれからの人生を考え直しました。
45歳という年齢、そしてこのコロナ禍の中ではありますが、転職という道も考えました。(転職と言っても何のあてもありません)

しかし、転職を決意する前に「俺は何をしたいのか?」と自分に問いかけ続けたところ、やはり「福祉の仕事をしたい」というところに改めて行きつきました。
妻だけではなく、周りの人たちには「もう福祉の仕事は嫌や。絶対に辞める」と言い続けていましたが、よくよく考えてみれば、福祉の仕事そのものが嫌になった訳ではなく、今までの職場が嫌になっただけなのです。
むしろ、利用者さんと直接関わること、そう、福祉の仕事で一番大切な「利用者支援」や「ケースワーク」に関しては、これからも続けたい気持ちが強いのです。
綺麗事でもなんでもなく、利用者さんの笑顔を見ると嬉しいし、困難な状況をクリアして、暮らしを立て直される姿を見たりすると、本当に「この仕事をやっててよかった」という気持ちになります。
23年間この仕事をしてきて、結局この気持ちだけは全く変わりませんでした。
そして「これからもそんな気持ちを味わい続けたい。追い求めたい」という気持ちが甦り、福祉の仕事を続ける決心がつきました。
でも自分の限界を知ったし、決して若くはないので、これからは今までのようにバリバリ仕事はしません。
4月から復職する転勤先では、管理職から一般職にという(2段階)降格となるので、給料はかなり下がることになります。でもこれからは自分の時間をしっかり作ることで、これからの人生を楽しく豊かにしていきたいと思っています。

そのためにも、まずは4月1日、新たな職場で仕事ができるように、とにかく準備を整えておきたいと思います。

それでは最後までお聞き頂きありがとうございました。

皆さんの健康とご多幸をお祈りしております。


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