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アラン・ロブ=グリエ『エデン、その後』

L’Eden et après (‘73 Alain Robbe-Grillet)

普段、前衛的な作品にあまり馴染みがないのだが、気まぐれで映画館に足を運んだ。前知識もなく、予告編のアナログな色彩と、退廃・幻想という世紀末的なキャプションに惹かれてのことだった。
70年代といえば今よりもずっと、文学がメインカルチャーとして隆盛を誇っていた時代。アラン・ロブ=グリエの最初の作品が、ヌーヴォー・ロマン(新しい小説)という位置付けだったのも、従来の当たり前に疑問を投げかける行為が、もっと身近にあったことと無関係ではないかもしれない。

ここでは、数ある主題の中から
「退屈」「暴力」「分身」の三つに注目する。
(以下、物語の詳細を含むので注意)

①「退屈」

カフェ・エデンに集まる学生たちは、気怠い表情で煙草を喫んだり、儀式的な演劇に興じながら時間を持て余している。(前触れなく劇中劇が挟まれるため、連続性はほとんどなく、実験的な演劇を見る感覚に近い)
そこに謎の男が現れ、自身のアフリカでの体験を語り、主人公ヴィオレットに「恐怖の粉」を差し出す。彼女の恐ろしい幻覚はすぐに醒めるが、ここから芝居・現実・夢の区別が曖昧になってくる。
今見ているシーンが現実なのか、劇中劇なのか、誰にも判別できないし、恐らく役者本人にも分からない。
確実に言えるのは、あって無いような物語が、学生たちの「退屈」に端を発しているということ。全編を通して、壮大な暇潰しの劇中劇を見せられていたのではないか、という疑いが今もわたしの中に残って消えない。

②「暴力(死)」

作中で流れる血はあまりに鮮やかな赤であり、暗にそれが非現実の出来事であると伝えているかのようだ。継ぎ接ぎされたフィルムのように、筋立った理由もなく死んでゆく登場人物たちはもはや、悲劇でなく喜劇を思わせる。
さらに、頻繁に登場するエロティックなシーンは、SM色が濃く芝居がかっていて、作品からますます現実を遠ざける。
なぜ暴力が重要な主題だと考えたかについては、次の「分身」に繋がる、物語の“転”にあたる要素だからである。

③「分身」

度重なる暴力的で混沌とした場面のあと、ヴィオレットはついにそこから脱出し、砂漠を彷徨う。今にも力尽きるというとき、助けてくれたのは自分の「分身」だった……
ここで注目すべきは、カフェ・エデンの客たちで演じられていた芝居に、ヴィオレットの「分身」というまったく新しい存在が現れたことである。つまり、物語が劇中劇からヴィオレットの内面世界へと舞台を移したのだ。

おずおずと触れあい、やがてキスを交わす二人。過去を克服するということは、自己を見つめ、受けいれること。
「我思う故に我あり」の体現にも見えるこの演出は、暴力や混沌から自身を救い得るのは自身でしかないことの、暗喩なのかもしれない。

それから、作中の時間と場所が放課後のカフェ・エデンから何一つ動いていない可能性も無視できない。
すべてが退屈した学生たちの芝居(暇つぶし)であるなら、映画自体が「三一致の法則」に則っていることになる。
スクリーンに、古典演劇を下地とし、現代芸術の要素を持ち込み、あるべき物語の連続性を排除したことこそ、この作品が実験的であると言われる所以かもしれない。
(戦後のフランス映画に詳しくないため、あくまで個人的な意見になる。あしからず)

実のところ、わたしはこの映画の最後が朧げな記憶でしかない。唯一はっきりしているのは、映画館の明かりがつき、椅子やスクリーンの赤い輪郭が浮き上がってきた瞬間だけ。
                        、、、、、、、
そしてわたしは、辺りを見回した。
なぜなら、非連続的な映像の連なりは、あまりに悪夢と似ていたからだ。プルーストは、この目覚めの感覚を『失われた時を求めて』において的確に表現している。

人は眠っていても、自分をとり巻くさまざまな時間の糸、さまざまな歳月と世界の序列を手放さずにいる。目覚めると本能的にそれを調べ、一瞬のうちに自分のいる地点と目覚めまでに経過した時間をそこに読みとるのだが、序列がこんがらがったり、途切れてしまったりすることがある。(マルセル・プルースト著, 吉川一義訳『失われた時を求めて 1』新潮社, 2010, p.28-29)

ほんとうの悪夢は明るい。
真夏の日差しの下を、不穏な影が見え隠れするとき、人は死を隣に感じる。

退屈な毎日、ばらばらになった思考の破片を拾い集める楽しみを、存分に味わいたくなったら…… たまには、悪い夢に身をゆだねるのも悪くないかもしれない。

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