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スタートライン

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僕の大阪であるダイビングスクールが舞台の小説です。完結しました。加筆修正もしていきます。 大阪でダイビングスクールをしています。 https://rize-sea.jp/ 関西の… もっと読む
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スタートライン 1

**フィクションの連載小説です。

 このままずっと潜っていたいと切に願った。ずっとこの時間が続けばいいと思った。水中から太陽を見上げるのが好きで、その光にいつも癒されているが、今日はいつも以上に癒してくれていた。その光に心が浄化されていくのがわかる。魚を見たり、珊瑚を見たり、カメとか見たり、洞窟に入るのも好きだけど、こうやって太陽の光にただただ包まれるのも好きだ。生命の起源は海らしいが、細胞レベ

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スタートライン 2

「いよいよだな」
「そうだな、うまくいくかな」
「わからない。けど、うまくいったらいいな」
「もちろん」

 そう話して僕らはファミレスに入った。入るなり喫煙席に座り、ある一人の男の到着を待った。会うのは何年振りだろう?まさかこうやって会う事になるなんて、1ヶ月前には想像もつかなかった。あの電話を受けた日から全ては始まった。まるで止まっていた古時計が動くように。

 二人供ドリンクバーを注文し、そ

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スタートライン 3

 松田は電話で話していたみたいだが、僕は直接話をするのも久しぶりであった。ドリンクを入れてから、和やかな雰囲気の中会話が始まった。

 まずはそれぞれの近状を話し合った。会わなくなってからの数年間を埋めるかのように、主な出来事を僕らは喋った。彼、松田ときて、最後に僕の順番となった。どこから話すかは決めていたが、この今の想いがどうにかうまく伝わりますようにと、願いながら、そして言葉を選びながら話した

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スタートライン 4

 澤田との話し合いはあっという間に終わった。予定していた時間を少しオーバーしてしまった位だ。家族の事もあるので、少し時間が欲しいと言われたが、「前向きに考えたい」という言葉はもらった。今している仕事もあるし、もしこっちに来るとなってもそれはすぐではないだろう。そして、やっぱり無理だと断りを入れられる可能性も勿論ある。それはそれで仕方がない事だ。そうなったらあきらめるしかない。彼には彼の人生があり、

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スタートライン5

 経営をしていると、時として予測不能な事が起きたりする。ある程度は予想しているが、それでも驚く様な出来事がある。
 起業してすぐではないので一喜一憂はしないが、それでも立て続けに「まさか」と言いたくなる日が続いた。
 基本僕はポジティブだが、仕事は楽観的には見ないようにこれまでも生きてきた。
 これはサラリーマン時代に学んだ。

 販売の職を選び、店長も経験していたが、当初は「何故?」と「落胆」の

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スタートライン 6

 「まさか」の1つとして、僕は奄美大島に来ていた。本当にまさか、だ。奄美大島には仕事をする為に来た。予定では、部下にこの仕事を事前に割り振り、大阪で仕事をしているはずであったが、「まさか」の出来事が発生し、急遽自分が代わりに務める事にした。さすかに怒りたくなったが、すぐにそうすべきではないと結論づけた。怒っても無駄だ。怒って改善したら良いが、そうはならないのはわかっている。そしたら、その怒る体力が

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スタートライン 7

 奄美大島でのダイビングはとても楽しい時間であった。何なら、抱えているものがなければ、滞在をもっと伸ばしてもいいとさえ思った。ただ、楽しみながらも頭の隅には常にある事があった。何も考えずに楽しみたいが、今は無理だ。まあ、仕方がない。そう言って目の前の仕事に全力で取り組んだ。店の事がきがかりであった。ここ一ヶ月の間、あまり店に出勤出来ていないからだ。今回は予定外だが、ここに来る二日前まで、僕は仕事で

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スタートライン 8(小説)

 僕の店では、ハンディキャップダイビングをしています。体に障がいのある方へもダイビング講習をしている。ハンディのある、なしに関わらず、出来るならこの遊びをみんなにやって欲しいとずっと思ってきました。こんなに楽しくて癒される遊びって他にはない。ダイビングを僕は広めたいが、このハンディキャップダイビングも広めたいと考えている。しかし、なかなか広まらないのが現実だ。いくつか原因があるからなのだが、それら

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スタートライン 9(小説)

 その男の第一印象は良かった。しかし、第一印象程あてにならないという良い例になった。

 挨拶を交わした後、さっそくカリキュラムに入った。ハンディキャップダイビングを実施する為にはその団体に所属し、専門的な知識と技術を身につけなければならない。既にダイビングインストラクターであっても例外ではない。その団体のインストラクターとして認定される為に、講習会への参加は義務付けされている。
 分厚いファイル

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スタートライン 10(小説)

 そういえば、学校の授業中はほぼ上の空であった気がする。漫画ちびまる子ちゃんの作者もそうであったらしいが、まるっきり同じだった。その決められた時間、教師の話を全て聞いた記憶がない。
 ずっと話を聞くというのが久しぶりだった。しかし、やはり「ここではないどこか」へいくのに変わりがなかった。

 これは、そういえばもう1つ理由があった。何かというと、話す人よりも速く文字を読んで退屈してしまうからだ。い

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スタートライン 11(小説)

 報道記者に密着取材を受けるのは初めてであった。海で開催されるダイビング講習に、共同通信社の記者が二名同行していた。僕や他の人たち、そして講習生役になってくれた人にもインタビューをした。寝る所もその記者と同じ、食事も同じという事もあり、こういう機会なんて滅多にないからこそ、抱えていた疑問をぶつけてみた。

 共同通信社の記者は様々な現場に出向き、記事を作る。そしてその記事を全国の新聞社が採用し、ネ

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スタートライン 12(小説)

 その車椅子の人は高木さんという男性だ。年齢は自分より上だと事前に聞いていたが、後でわかったが同い年だと判明した。
 彼は元々は車椅子を使う生活ではなく、成人してからの事故により手足が不自由になったと、本人が教えてくれた。そう話す彼の口調はなめらかだった。そこに悲壮感はない。僕と何も変わらない青年だ。自分が同じ事故にあったら、僕は彼みたいに話せるのだろうか?と考えながら聞いた。  
 生まれ持って

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スタートライン 13(小説)

 二人がかりで一人を潜降させていく。耳が痛くないか?をハンドシグナルとアイコンタクトで聞きながら、ゆっくりと降りていく。急ぐ必要はない。ハンディのない人より、ハンディがある人の方が耳抜きが困難な時があると学んでいたのが、事実だと潜りながら感じた。こちらが相手の鼻をおさえ、耳抜きを手助けする。途中、ダイビングコンピューターで時間を確認する。体温調整が困難なケースは通常のダイビングより潜水時間を抑える

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スタートライン 14(小説)

 ダイビングを終え、服に着替えると僕達は食事をとった。メニューは釜シラス丼。大盛にしてもらったが、おいしくて一気に全てを胃に納めた。その席には記者も同席し、食事をすますと、高木さんへのインタビューを実施し始めた。記者が様々な質問を投げ掛けるが、高木さんは一つ一つの項目に対して丁寧に答えていった。
 質問の中には「今回のダイビング、いつものダイビングインストラクターとのコンビではなかったり、講習大変

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