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旦那1人と暮らしていましたが、最近娘が加わりました。 武蔵野美術大学を卒業してイタリア…

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旦那1人と暮らしていましたが、最近娘が加わりました。 武蔵野美術大学を卒業してイタリアに彫金を学びに行き、あれよあれよと日本で結婚して今に至ります。

最近の記事

子育て気持ち録

御徒町の吉池で買ったチャンジャをつまみに麦茶を飲みながら、まだどう例えるのがいいのかくるくると考えてる。そしてまとまらないまま書く。 (吉池美味しいもの沢山、おすすめ) 同年代の中では少しばかり早めに出産したから、なにかこの感覚を喩えられたら良いんだけどなぁ、とふと子育ての合間に思う。 この年齢になると、絶賛結婚ラッシュ。 東京ではそんなにだけど、地元名古屋は凄い。 女性は身体的に出産に適した年齢というのがある。 それを踏まえて結婚するとなると、結婚式をするしない、旅行

    • 子宮へ

      誘ってもいないのに毎月毎月律儀にどうも〜と、程度に波はあれど頭痛や腹痛を引き連れて始まる生理。 妊娠しないと受精卵のために準備されていた子宮のベッドが剥がれる仕組みらしい。 小学生の頃から生理は始まっていたから、そこから何度も何度も子宮はベッドを準備し、剥がし、を繰り返してきて、約16年の時を経て今回初めて使われた。 そう考えると、一度も使われてこなかったのに毎月せっせせっせと律儀にベッドを整えていた子宮が受精卵にすっごく長い片思いをしていたように感じて、愛おしい気持ちとち

      • あおさん生誕!

        妊娠してから毎日0時に更新される妊娠管理アプリのninaruを見るのが日課だった。 毎日その日の赤ちゃんの成長具合とか私の体調とかをサポートしてくれてすごく助けられた、きっとほとんどの人がお世話になっちゃうアプリ。 臨月頃から、 "出産したらここをタップ" というボタンが現れ始めて、産んでホッとした深夜にふと押してみたら、そこに書かれてあった文章で産後ホルモンのせいか涙チョロチョロしてしまったのでそんな気持ちをメモメモしたい。 妊娠がわかった時、本当?!って嬉しくてひろき

        • 2年ぶりのフィレンツェ

          イタリアに2年ぶりに戻ってきた。 あの頃は、このままイタリアに住んで、いい人に出会って国際結婚して、、、なんて考えて、週6で制作缶詰と、当たり前の生活リズムを大切にすることを続けていた。 ひょんなやりとりから日本にいる主人と仲良くなって、1人も彼氏がいたことがなかった私に唐突に遠距離の彼氏ができ、そしてイタリアの急なコロナ蔓延で日本にいる彼の家に逃げ込み、そのまま結婚まですることになった。 そして、今、一緒にフィレンツェに一時的に戻ってきている。 人生どう転ぶかわからないこ

        子育て気持ち録

          嫁1歳、旦那1歳

          そろそろ年の瀬。 ということは結婚して一年が経とうとしている。 私たちは結婚する前から8ヶ月ほど同棲をしていたから、結婚してからも特別変わらず生活をしている。 でもやっぱり一緒にいるのが長くなると、喧嘩もあるし、なんでよって思うこともあった。 でも最近、まだ私たち、嫁1歳、旦那1歳じゃん‼︎って気がついた。 赤ちゃんの1歳をイメージするとそりゃまだまだピヨピヨ。 お互いまだまだ成長途中なのは当たり前で、なんでよって思うことがあってもそりゃそうだと思えるようになった。 私

          嫁1歳、旦那1歳

          卒制の回想

          いつからかは定かではないけど、考えてる、思考を巡らせてる、ことが自分にとって大事だったことを最近思い出す。 思い出すというのは、最近はシンプルにそういう難しいことを沢山考えなくても、時間が流れているのが増えたということ。 主人に出会ってから久しぶりにそんな生活が続いてるなぁとハッとした。 学生時代は特に、考えてないといけない、みたいなルールが自分の中にあった。 考えてないとなんとなく普通になっちゃう気がしてダサいなって思ってたし、なんにも考えずに幸せを安直に探して、チー

          卒制の回想

          イメージとこじらせ

          人から見た自分のイメージを把握するのが下手くそだと最近になってようやく気づいた。 下手くそというか、イメージって難しいなという話なんだけど。 大学生の頃、校内ですれ違う同じ学科の顔見知りにあいさつをすると、「いつもまおちゃんは元気だね〜全然変わらないね〜」と言われることがちょこちょことあって、 多いかどうかはわからないけれど、言われる回数が積もる度に少しずつ違和感膨らんでいた。 大学に入って変わった生活環境、ぬくぬくと育った中高を出て突きつけられる色んな価値観に結構精神的

          イメージとこじらせ

          言葉

          私たち夫婦で始めた作品づくり、so_thing でも"紡ぐ"という作品を作ったのですが、私は言葉を感じる手段の中でもとりわけ、相手の口から直接発せられて、直接耳に届く言葉が好きです。 手紙も、小説も時を超えて感じるものがあることがとても愛おしくて好きですが、心に急に転がり込む会話による言葉は、良くも悪くもとても強いです。 最近私の中に吸い込まれるように入ってきた言葉は、旦那の30歳の誕生日を祝して鎌倉の旅館に行った時。 星空満点のバルコニーで大して詳しくもないシャンパンを

          スーパーに沢山の産毛の生えた薄桃色のお尻が並び始めるとイタリアの桃を食べたくなります。 イタリアで迎えた初めて初夏、スーパーに入った瞬間の強い甘い香り、沢山のお尻がカゴに積まれていて、私はなんとも心が躍ったのを覚えています。 桃といえば白桃、黄桃の2種類のまあるいイメージでしたが、イタリアは種類が多く、小さなスーパーでも3種類ほどはあったのではないでしょうか。 全部食べ比べたい!と思いつつ、痛みの早い桃なのでコツコツと食べ比べ、その中でも美味しくてお手頃だったのが、日本では

          旦那のカップヌードル

          最近顕著に思うこと、感じること。 それは食事を誰かと食べる時と1人で食べる時では美味しさが圧倒的に変わるということです。 大学生の頃くらいから感じではいましたが、それが顕著だと感じたのが旦那のカップヌードル。 私はそんなにカップヌードルを食べるタイプではなかったのですが、旦那と暮らすようになって小腹が空いた時、旦那とカップヌードルをシェアして食べることが増えました。 もしくは旦那がカップヌードルを食べている時によこせよこせと集ります。 それらのひとくち食べた時のなんとまあ美

          旦那のカップヌードル

          はじまりと、枠について

          日常というものがここ数年で目まぐるしく変わったからか、私の頭の中の記録、私をつくりあげる要素を探って遺して置きたいなぁと思うようになりました。 なのでコツコツと文字を組むことにしました。 その時の気分、感情のままにつらつらと並べて、過去の日記を見返した時の、なるほどと思ったり、こそばゆくなったり、ハッとしたりするような記録になればいいなぁと思います。 一つ目の題は枠。 枠もといフレーム。 日常を何ともなく過ごしていても、いつの間にか頭の中にくっきりと遺っている景色があり

          はじまりと、枠について