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麻利央書店

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高島麻利央による、短編小説~無料版~
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#コーヒー

ある本屋で、コーヒーと。8(終)

ある本屋で、コーヒーと。8(終)

続きものです。
7からお読みください。

「あとでね」

 すっかり冷めてしまったコーヒーを両手で握り締めていた。彼の言った4文字を額面通り捉えていいのか、ずっと頭の中でグルグル考えていた。考えても答えが出ないという答えにたどり着くまでそんなに多くの時間は必要ではなかった。

『おまたせ』

 柔らかで、私の鼓膜を細かく振動させる、あの人の声が届いた。
 夢だ、反射的にそう思った。
 目を強く閉じ

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ある本屋で、コーヒーと。7

ある本屋で、コーヒーと。7

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6からお読みください。

 本屋のイベントスペースはカフェと反対側にあった。小さなステージと、20名ほどが座れる長椅子が並べられていた。サイン会だけではなく、ちょっとしたトークも行われるらしく、ステージには2つ高いスツールが準備されていた。本屋の店員が行ったり来たりしているだけでまだ誰も来ていなかった。サイン会の場所を確認した後、私は【待津野ひまわり】の特設コーナーへ行くと、2人ー

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ある本屋で、コーヒーと。6

ある本屋で、コーヒーと。6

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5からお読みください。

 それから1ヶ月、私はその本屋のあるカフェに足を運ぶことはなかった。それどころかどのカフェにも行かなかった。仕事が終わったらすぐ家に帰って、部屋で一人、自分で淹れたドリップコーヒーを飲みながら、本を読む。そんな毎日を過ごしていた。
 私はカフェに行かなくとも、本とコーヒーのインスタ投稿は地味に続けていた。今読んでいるのは【待津野ひまわり】の一番新しい本。初

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ある本屋で、コーヒーと。5

ある本屋で、コーヒーと。5

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4からお読みください。

 ふたりの時が止まった。
 その瞬間が永遠に思えるほど二人は強く見つめ合った。 
 私は突然、あまりの痛さに目を開けることが出来なくなった。
 両手で顔を覆い、しばらく身悶えていた。声も出せない程の痛み。

 どれくらいの時がたっただろうか。
 ようやく目を開けた私は窓に映る自分の顔を確認した。
 すると、私の目に、正確には瞳孔に、彼の姿が焼き付いていた。

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ある本屋で、コーヒーと。4

ある本屋で、コーヒーと。4

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3からお読みください。

 私はコーヒーの海で泳いでいた。いや、正確には溺れていた。
 胃の中は黒くて苦い液体でいっぱいになりかけていた。
 必死でもがいていた。こんなところで死にたくはない。
 すると、固い物体が手に当たった。それは大きな板のようだった。
 その板にしがみ付いて、私はようやく呼吸をすることが出来た。
 空を見上げると、大きなぐるぐるキャンディが太陽のように輝いてい

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ある本屋で、コーヒーと。3

ある本屋で、コーヒーと。3

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2からお読みください。

 それから1ヶ月ほど、彼がカフェで仕事をしている毎週水曜日は勤務終わりに一緒に読書をすることが二人のルーティーンになった。彼と会うと幸せを感じられたが、彼の気持ちを確かめたいという衝動に駆られることも増えて、自分の気持ちを処理するのが困難になってきているのを自覚していた。

 私はこんなに欲深い人間だったのかと自己嫌悪に陥った後、しばらくしてから、約束もな

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ある本屋で、コーヒーと。2

ある本屋で、コーヒーと。2

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1からお読みください

 私はカフェのレジで注文していた。ホットのカフェモカMサイズを頼んだ。レジを打っているのは、彼だ。お釣りをもらう時に手が触れると、彼は優しく微笑み、慣れた手つきでカップに注文を書いてドリンクを作るスタッフに手渡した。蒸気が上がり、トントンとミルクの泡を整える音が響いて、手際よく私のカフェモカが仕上げられていく。「カフェモカMのお客様」と呼ばれ、スタッフから渡

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