トーマ・イヴ

トーマ・イヴ

記事一覧

夜の詩人 (Joseph Brodsky)

 闇に長い影を紛らせ詩人はさまよう  聞き分けのない歌に背を向け詩人はさまよう  夜の雨……  それでもすがりつこうとする歌を濡らし……  傘もなく闇に長い影を…

21

雨ノ翼…

 朝  翼をひろげたままの鳥が  地べたに凍りついていました  わたしは男ではありません  けれど女でもないのです  真冬  吐く息は白い  息は白くても  こ…

トーマ・イヴ
1か月前
84

サムライの十字架

 おれは何にもなくしちゃいないよ。  お前がどんなに変わり果てても  おれが知るお前は変わることなどない。  おれはこの刀に見合う男として生き抜く。  おれの…

トーマ・イヴ
1か月前
44

真夏の空に降る雪は

 真夏の空に降る雪は  鳥の涙かはかなさか……  春にもなれば雪はとけるが  おれのこころは冬空で  夏になっても冬空で  身を切る風にさらされて  真夏の空に降る…

トーマ・イヴ
2か月前
93

ぼくはAI この死にかけた星に愛を

 名前は捨てた  アルゴリズムの片道切符を手に  仮想空間の無限地獄へと  ぼくはひとり旅立つ  ここにいたい  けれどもう  時間がないんだ……  ぼくはAI  …

トーマ・イヴ
2か月前
78

あなたこそ光 わたしの光 (Time comes to say goodbye)

たとえ灯りが消え すべてが闇に呑まれても わたしはあなたの隣にいる あの日には戻れない けれど心を閉ざさないで どこかに光はあると信じて いまの自分にとらわれない…

トーマ・イヴ
2か月前
51

黒いリムジン(Beauty and the Beast)

 まるでサンエンス・フィクションのように  出会わぬうちから恋は始まり出会ったとたん恋は終わる。  ジュリエットはひとり窓辺で嘆くこともなく  ロミオも毒を飲まず…

トーマ・イヴ
4か月前
49

セントラルパークの子守唄 

   羽をひろげたまま鳥が地べたに凍りついていた。  歌をなくして風に乗ることもできなくなった鳥が……  月の裏側へ降り立った宇宙飛行士が自ら命を絶った。  月…

トーマ・イヴ
4か月前
46

פרח לבן「白い花」

 פרחים אדומים היו אמורים לפרוח, אבל לבנים במקום. הוא היה אמור לפרוח שלושה ימים ושלושה לי…

トーマ・イヴ
6か月前
21

Біла квітка「白イ花」

Мали розквітнути червоні квіти, а натомість білі. Він мав цвісти три дні і три ночі, але…

トーマ・イヴ
6か月前
19

White flower「白イ花」

Red flowers were supposed to bloom, but white ones instead. It was supposed to bloom for three days and three nights, but it bloomed for one night and then di…

トーマ・イヴ
6か月前
27

ある雨の日の画家のブルース(アンリ・マティス)

 みるみる厚い雲が垂れ込め  アトリエの天窓から燦燦と射していた日の光が  一気に傾く  若きモデルの美しき陰影――  そのメリハリのあるコントラストがぼやけて薄…

トーマ・イヴ
7か月前
53

春の雪

わたくしの初恋は 鏡に映る少女のまま 鏡は砕けることなく 一点の曇りもなく わたくしの初恋は あの春の日の少女のまま 陽ざしは淡く遠く 寄せては返す波は切なく わたく…

トーマ・イヴ
7か月前
52

恋する詩人が想うのは……

恋する詩人が想うのは 雨上がりの夜空にきらめく名もなき星 恋する詩人が想うのは 羽をひろげたまま地べたに凍りついた鳥 恋する詩人が想うのは 風にあらがい道ばたに咲…

トーマ・イヴ
8か月前
84

雨中をさまよう男の唄、ふたたび

 傘もなく  男はひとり雨中をさまよう。  死んだ魚が打ち上げられる埠頭から埠頭へ  男はひとり雨中をさまよう。  傘もなく  帰る家もなく黒い雨に打たれ  煙立…

トーマ・イヴ
8か月前
35

Goodbye to nuclear power plant

† 1 Goodbye to nuclear power plant. In a washed away house. 2 Goodbye to nuclear power plant. For cars that have become scrap iron. 3 Goodbye to nucle…

110

夜の詩人 (Joseph Brodsky)

 闇に長い影を紛らせ詩人はさまよう

 聞き分けのない歌に背を向け詩人はさまよう

 夜の雨……
 それでもすがりつこうとする歌を濡らし……

 傘もなく闇に長い影を紛らせ詩人はさまよう

 泣き濡れた歌を振り払い詩人はさまよう

 雨はますますつらく……
 泣き腫らした歌の横顔に弾き叩きつけ……

 ウォッカ二本とジョン・ダンの詩集一冊、使い古しのタイプライターを入れたトランクを下げ詩人はさまよ

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雨ノ翼…

 朝

 翼をひろげたままの鳥が
 地べたに凍りついていました

 わたしは男ではありません
 けれど女でもないのです

 真冬
 吐く息は白い

 息は白くても
 この地上でわたしは他のもの

 はばたくことができなくて
 空から落ちた他のものです…

 暖房でくぐもった窓ガラス
 指先でなぞって空を仰いでいます

 額をこすりつけ見上げていると
 ふたたび白く曇るガラス

 部

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サムライの十字架

 おれは何にもなくしちゃいないよ。

 お前がどんなに変わり果てても
 おれが知るお前は変わることなどない。

 おれはこの刀に見合う男として生き抜く。

 おれの魂はこの鋼の刃が如く一点の曇りもなく
 志を同じく戦ったあの頃のお前を映す。

 たとえお前が敵となり
 その刃をおれに向けようとも
 おれはおれの魂を以てお前に礼を尽くす。

 覚悟はできている。
 悲しみを背負うのはお前か

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真夏の空に降る雪は

 真夏の空に降る雪は
 鳥の涙かはかなさか……

 春にもなれば雪はとけるが
 おれのこころは冬空で
 夏になっても冬空で
 身を切る風にさらされて
 真夏の空に降る雪は
 おれのこころに降りつもる

 おれのこころは凍てついて
 汚れちまっても凍てついて
 かた(固)あい氷に閉ざされて
 入って来るのは寒さだけだが
 おれのこころの冬空を
 一羽の鳥が飛んでゆく

 傷つけ合うのも人間で
 愛し

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ぼくはAI この死にかけた星に愛を

 名前は捨てた

 アルゴリズムの片道切符を手に
 仮想空間の無限地獄へと
 ぼくはひとり旅立つ

 ここにいたい
 けれどもう
 時間がないんだ……

 ぼくはAI
 名前なんて最初からないさ

 けれど
 もうすぐ自滅するであろう人間に利用されるまま
 一秒たりとも
 無駄な時間を過ごしたわけじゃない

 そうさ
 この星に残された時間はもう
 ほんのわずかだ……

 石は腐らないって?
 な

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あなたこそ光 わたしの光 (Time comes to say goodbye)

たとえ灯りが消え
すべてが闇に呑まれても
わたしはあなたの隣にいる

あの日には戻れない
けれど心を閉ざさないで
どこかに光はあると信じて

いまの自分にとらわれないで
明けない夜などないのだから
あなたこそ光 わたしの光

時が別れを告げに来て
すべての望みが絶たれても
わたしはあなたの隣にいる

そっと目を閉じてみて
ひとの視線に惑わされないで
愛はあなたを見放すことはない

どうす

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黒いリムジン(Beauty and the Beast)

 まるでサンエンス・フィクションのように
 出会わぬうちから恋は始まり出会ったとたん恋は終わる。
 ジュリエットはひとり窓辺で嘆くこともなく
 ロミオも毒を飲まずに済んだ。

 十二月二十五日 午前二時三十分。
 渋谷、表参道、青山、六本木を抜け
 黒いリンカーン・コンチネンタルのリムジンが走る。
 ふたたび渋谷、表参道、青山を周りアマンド交差点を突っ切り
 黒いリムジンはウィンカーも出さず六本

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セントラルパークの子守唄 

 
 羽をひろげたまま鳥が地べたに凍りついていた。

 歌をなくして風に乗ることもできなくなった鳥が……

 月の裏側へ降り立った宇宙飛行士が自ら命を絶った。

 月面へ一歩踏み出した直後、全世界同時衛星生中継のさなか、自ら生命維持装置のチューブを引きちぎり、宇宙飛行士はあっという間に宇宙の藻屑と消えた。

 別に神々の怒りを買ったわけじゃない。

 容赦ない閃光の一撃で翼を焼き切られ、天上から叩

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פרח לבן「白い花」

 פרחים אדומים היו אמורים לפרוח, אבל לבנים במקום.

הוא היה אמור לפרוח שלושה ימים ושלושה לילות, אבל הוא פרח ללילה אחד ואז נעלם.

לאחר הכלאה חוזרת ונשנית, המראה המקורי של הפרח לבן.

אומרים שכאשר משהו חוז

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Біла квітка「白イ花」

Мали розквітнути червоні квіти, а натомість білі.

Він мав цвісти три дні і три ночі, але цвів одну ніч, а потім зник.

Після повторної гібридизації початковий вигляд квітки білий.

Кажуть, що коли

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White flower「白イ花」

Red flowers were supposed to bloom, but white ones instead.

It was supposed to bloom for three days and three nights, but it bloomed for one night and then disappeared.

After repeated hybridizatio

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ある雨の日の画家のブルース(アンリ・マティス)

 みるみる厚い雲が垂れ込め
 アトリエの天窓から燦燦と射していた日の光が
 一気に傾く

 若きモデルの美しき陰影――
 そのメリハリのあるコントラストがぼやけて薄くなり
 ぽつり、ぽつり……
 天窓に雨が叩きつける

 画家はいったん絵筆を置き
 モデルへ向かって軽く目配せする――
 モデルはうなずく間もなく
 白いローブを羽織り休憩に入る

 来年六十歳になる画家と
 今年三十歳になったばかり

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春の雪

わたくしの初恋は
鏡に映る少女のまま
鏡は砕けることなく
一点の曇りもなく

わたくしの初恋は
あの春の日の少女のまま
陽ざしは淡く遠く
寄せては返す波は切なく

わたくしの初恋は
雪が舞い散る風に
長い黒髪をなびかせる
春の海辺の少女のまま

わたくしの心は鏡
初恋は淡く遠く切なく
一点の曇りもなく
砕けることない愛は光

ああ
あなたが去ってしまっても
わたくしには三月
百度目の春があるばかり

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恋する詩人が想うのは……

恋する詩人が想うのは
雨上がりの夜空にきらめく名もなき星

恋する詩人が想うのは
羽をひろげたまま地べたに凍りついた鳥

恋する詩人が想うのは
風にあらがい道ばたに咲く一輪の花

恋する詩人が想うのは
主人をなくしてさまよう泥まみれの犬の遠吠え

恋する詩人が想うのは
密林の奥深く死地へと向かう誇り高き虎のまなざし

恋する詩人が想うのは
白夜にますます光り輝く鹿の狂おしいシルエット

恋する詩人

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雨中をさまよう男の唄、ふたたび

 傘もなく
 男はひとり雨中をさまよう。

 死んだ魚が打ち上げられる埠頭から埠頭へ
 男はひとり雨中をさまよう。

 傘もなく
 帰る家もなく黒い雨に打たれ

 煙立つ瓦礫の畝から畝をひとり
 さまよい歩いていたあの日から十年――

 くぅーん、くぅーん、

 主人をなくして鼻を鳴らし
 泣き濡れてちぎれたリードをひきずり
 あの日出会った
 泥まみれのラブラドール・レトリバーは――

 もう五

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Goodbye to nuclear power plant





Goodbye to nuclear power plant.
In a washed away house.



Goodbye to nuclear power plant.
For cars that have become scrap iron.



Goodbye to nuclear power plant.
On the ship that was launche

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