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音楽レヴュー 2

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音楽作品のレヴューです
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#ヒップホップ

DigDat『Pain Built』

 ディグ・ダットはサウス・イースト・ロンドンにあるデプトフォード出身のラッパー。UKドリル・シーンの中でも特にアンダーグラウンドな存在だった彼は、2018年にリリースしたシングル“AirForce”のヒットで大きな注目を集めた。その後は2020年のファースト・ミックステープ『Ei8htMile』を全英アルバムチャート12位に送りこむなど、商業的成功にも恵まれている。

 『Ei8htMile』のヒ

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Yaw Tog「TIME」



 アメリカのシカゴを発祥とするドリルは、ヒップホップのサブジャンルのひとつ。ミニマルな骨組みのビートにヘヴィーなベースが交わるスタイルは世界を席巻し、多くのフォロワーを生んだ。なかでもUKドリルはその筆頭として有名だが、他にもアイルランド、スペイン、ガーナなど、さまざまな場所で興味深い音が日々作られている。

 今回取りあげるヤン・トーゴも、ドリルの流れに影響を受けたラッパーのひとりだ。現在1

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Chip『Snakes & Ladders』



 イギリスのトッテナムで生まれたチップは、浮き沈みが激しいキャリアを歩んできたラッパーだ。デビュー・スタジオ・アルバム『I Am Chipmunk』(2009)は全英アルバム・チャート2位に入るなど、活動当初は商業面での成功が目立っていた。当時はいまほどメインストリームの中心に食いこんでいなかったグライム・シーンを出自とすることもあり、チップの成功は多大な注目を集めた。

 しかし、『I Am

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Slowthai『Tyron』が鳴らす、過ちとの向きあい方



 イギリスのノーサンプトンから出てきたラッパー、スロウタイが2019年にリリースしたデビュー・アルバム『Nothing Great About Britain』は本当に素晴らしい作品だった。ヒップホップのみならず、インダストリアルやパンクなどさまざまな要素を掛けあわせたサウンドに乗せて、イギリスに対する愛憎を皮肉も交えながら表現している。それはさながら哀しみ色の喜劇と言えるユーモアであり、公営

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Fredo『Money Can’t Buy Happiness』



 ウエスト・ロンドン出身のラッパー、フレドが2019年にリリースしたデビュー・スタジオ・アルバム『Third Avenue』は、自らのハードな人生を反映させた力作だった。UKドリルグループ1011への言及など、ローカルネタを随所で散りばめつつ、イギリス以外の国々に住む者たちも共鳴できる情感を描いている。こうするしか生きる術がなかった者の叫びとも言える言葉の数々は、全英アルバム・チャート5位とい

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Trillary Banks「The Dark Horse」



 トリラリー・バンクスはイギリスのレスターで生まれ育ったラッパー。2007年から音楽活動を始め、ゆっくりと着実に地位を築いてきた。
 活動当初はレディー・スケングと名乗っていたが、しばらくするとピンキー・ゴー・ゲッタ名義で秀逸なフリースタイルを残すようになった。その後トリラリー・バンクスに改名し、現在に至る。

 彼女は3つの名義を使い、これまで多くの作品を作りあげてきた。なかでも、トリラリー

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Kisewa(키세와)『Bullet Ballet』



 最近おもしろいエレクトロニック・ミュージックをリリースしているレーベルは?と訊かれ、No Slack Recordsと答える者は多いだろう。韓国のソウルを拠点にしながら、興味深い作品を積極的に紹介しているのだから。
 2016年に設立されて以降しばらくは、ドイツのレーベルOstgut Tonを想起させるダークなテクノ作品が多かった。しかし近年はベース・ミュージックやヒップホップの要素が強い音

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The Streetsは過去と若さにすがらない〜『None Of Us Are Getting Out Of This Life Alive』



 ザ・ストリーツことマイク・スキナーは、イギリスのポップ・カルチャーに多大な影響をあたえた。アークティック・モンキーズのアレックス・ターナーはインタヴューで賛意を示し、カノはザ・ストリーツの代表曲“Has It Come to This ?”(2001)をカヴァーしている。
 商業的成果も申し分ない。『Original Pirate Material』(2002)を全英アルバムチャート10位に

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Footsie『No Favours』



 フットツィー(厳密に言えば、“ト”はほぼ発音しない)は、イースト・ロンドンのグライム・シーンにおける伝説的存在だ。D・ダブル・Eとのニューハム・ジェネラルズなど、グライムの発展に寄与した例は数多い。これまでさまざまなフィーチャリングをこなし、鋭いラップを刻んできた。
 トラックメイカーとしての才能も見逃せない。自ら主宰するBraindead Entertainmentから発表している『Kin

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Novelist「Inferno」&「Rain Fire」



 今年1月、サウス・ロンドン出身のラッパー、ノヴェリストが「Inferno」を発表した。このEPのジャケットを見たとき思わずにやけてしまった。これまでさまざまなヒップホップ・アルバムのジャケットを手がけてきたグラフィックデザイン会社、Pen & Pixelの作風を連想させるからだ。

 Pen & Pixelといえば、アメリカのヒップホップ・アーティストと仕事することが多かった。スリー・6・マ

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Riz Ahmed『The Long Goodbye』



 パキスタン系イギリス人のリズ・アーメッドは、役者として大きな成功を収めている。『ナイトクローラー』(2014)、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2016)、『ヴェノム』(2018)といった話題作に出演し、第69回エミー賞ではリミテッドシリーズ/TV映画部門主演男優賞を獲得した。

 一方でアーメッドはラッパーの顔も持っている。スウェット・ショップ・ボーイズの一員としてアルバム

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Zebra Katz『Less Is Moor』



 ニューヨークを拠点とするラッパーのゼブラ・カッツといえば、2010年代のクィア・ラップ・シーンを牽引した男として知られている。特に印象的なのは、2012年リリースの“Ima Read”だ。重低音が際立つダークなトラックに合わせ、ゼブラ・カッツは呪術的なラップを披露した。この曲はスマッシュ・ヒットを記録し、マイクQやDJスリンクなど多くのアーティストがリミックスしている。

 この頃から客演仕

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J Hus『Big Conspiracy』



 イースト・ロンドン出身のラッパーJ・ハスは、イギリスの音楽シーンを牽引する男だ。アフロビート、ダンスホール、ヒップホップ、R&Bなどの要素を交雑させた音楽性はアフロスウィングと形容されることが多い。いまでこそ、このジャンルは定番のひとつになったが、それをいち早く鳴らしていた彼は紛れもなく先駆者の1人だ。

 自身のハードな人生を反映した歌詞も彼の持ち味だ。さまざまな固有名詞や比喩を駆使して、

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Kano『Hoodies All Summer』

 イギリスのイーストハムで生まれたケイノは、グライムをメインストリームに押しあげた功労者だ。2004年のデビュー・シングル“P's And Q's”をアンダーグラウンド・シーンでヒットさせて以降、現在に至るまで存在感を見せつけてきた。
 グライムをあまり聴かない人でも、ケイノの名前くらいは知っているだろう。2010年のアルバム『Method To The Maadness』にはホット・チップやボー

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