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君と過ごす最後の冬、明日するかもしれないキスに備える

嫌なことが連続する。意地悪な人、しつこい人、距離感間違えてる人。終わらない仕事、荒れ続ける肌、乾燥した空気と工事中の排ガス。君とまたすれちがって噛み合わなくて、その他の些細な嫌なことが生活の中でより色濃く際立っていく。そうして浮き彫りになるのは自分でもよく分からない私の気持ちと私たちの関係性。私、普通の会社員なんだよね。君と違って、平日の昼間とか無理なんだよね。ていうか、昼間からやる気出ないんだよね。色気も何もないし、だって、私たちするためだけに会うんでしょ。空いてる時間で済ませる他の用事みたいに扱われることに、私はまだ慣れてない。

昔に比べて白黒はっきりさせることや、関係性に線引きをするのが苦手になった。昔はむしろ何事もクリアな状態にしていたかった。0か100か。好きなのかそうじゃないのか。一度寝たらもう友達じゃないとか。どこからが浮気で、どうなったら別れるのか。曖昧な答えや関係はどうにも耐え難く、どうにもならないなら自分で無理やり区切りをつけた。あのときは簡単だったことが、今は到底できそうもない。

たとえば誰かの、(そうそれは君じゃない)「俺のことどう思ってるの?」というシンプルな問いに答えがつまる。どうも思ってない。どちらかといえば好きだけど会わなくても平気だし連絡くるまで思い出さない。とはもちろん言えなくて、「友達としては好き」とか「会ってて楽しいよ」とか無難な言葉が浮かんでは、どれも相手に響かないと分かってて、言葉になれず冷たい床にぱらぱらと落ちていく。黙っていれば相手は勝手に答えを見つけてくれる。想像して補完して解釈する。そうして私は人の気持ちから逃げていく。自分の気持ちからも、現実からも。足跡をグラデーションにして、誰かの人生からやがて姿を消していく。いつか死ぬとき、誰も私の存在を覚えてないかもしれないと思うと足元の影がいっそう濃く見えた。

自分が少しずつ消えていく感覚に指先が冷えるとき、君に抱かれるとまだ輪郭を保っていられるのだと安心する。だから私は今日も君に会いたい、自分の一番外側と世界の境界線を確かめたい。今年の冬はやけに乾燥する。何気ない会話の中に忘れかけてた昔の恋人の名前を思い出し、ほんの少し心が濡れた。乾かないうちにリップをしっかり塗り込み、明日するかもしれないキスに備える。今年もあと一週間。来年はもう会わないって決めたから、最後に君に会えますように。




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