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#15 おばあちゃんだけど、時々転生代行救世主やってます

 シロちゃんのおかげで建物内に潜入できた私達は、人の気配を伺いつつ、ゆっくりと建物奥へと進んで行った。
 監視カメラに写りこまないよう、更に足音にも気を使いつつ進む私達は、さながらスパイ映画の主人公のようで、こんな状況だというのに思わず顔が綻んでしまう。
「?」
 うっかり声が漏れてしまっていたのか、クロ君が私の方を見上げた。
「あ、ごめんなさいね。なんか今の私達って映画の主人公みたいだわって思ったら、つい嬉しくなっちゃって」
 私の気持ちが通じなかったのか、はてまた呆れられてしまったのか、クロ君はもう一度首を傾げると再び前を向いて歩き始めてしまった。その後ろを大人しくついていく私。
 しかしながら、いまだワクワクする気持ちは抑えきれないままな訳で。
 生前から好奇心旺盛気味だったので、還暦を迎えた後も(年齢の割には)色々な事にチャレンジをしてきた。ゲートボールや趣味の教室みたいな他の同年代の方がやってた事はもちろん、楽器の習い事や資格試験にも挑戦したし、お友達と国内、海外の旅行にも行ったし、孫達に誘われてオンラインゲームを始めて、ボイスチャットで10代の若い子達とお喋りしながら遊んだりもした。だから、同年代の方達よりは経験豊富なんじゃないかとは思っている。
 でも、さすがに閻魔様からの依頼で言葉で意思疎通できる猫ちゃん達と一緒に異世界に旅立ち、その先でスパイのように潜入捜査をするだなんて、死後の世界とはいえ稀有な経験なんじゃないかしら?
 死ぬ直前に誰も経験した事のない経験をしたいって強く願った自分を、褒めてあげたいわ。
(…っと、いけない、いけない。今は周りに集中しなくちゃ)
 想いに浸りかけて、私は慌てて頭を振った。油断したら捕まる可能性だって高いし、下手したら私達の命?どころか、このミクベリアの人達すべてが終了してしまうかもしれない。
 そう、私は今この世界の救世主なんだから…救世主かぁ…
「!」
 いつの間にやら足を止めていたクロ君をウッカリ踏んずけそうになって、慌てて足を止めた。
 どうかしたの?と声を掛けようとした瞬間、遠くから誰かの話し声が聞こえてきた。
 どうやら声の主は、私達の居る通路の先にある角から、こちらに向かってきているようだ。
「クロ君、こっち」
 急いでクロ君を抱き上げると、小走りで来た道を戻り、御手洗の扉から中へと身を滑り込ませた。そして扉をほんの少しだけ開け聞き耳を立てる。
 声の主は男女2人組。会話内容はハッキリとは聞き取れないけれど、話しぶりから男性の方が立場が上で、女性は部下か秘書ってところかしら?
 そんな推測を立てていると、やがて話し声は私達の居る御手洗前を通過しようという所まで来ていた。
「…では、今後もサキシマの動向に注意するように」
 聞き覚えのある言葉に私達の間に緊張が走った。
「あと、御神体の管理も引き続き怠らないようにな。アレは私達の利にもなるが世間にバレたら破滅にも繋がる」
 「承知しております」
 女性が機械的に応え、その後も何か事務的な話をしながら遠ざかっていった。
 私達は一応念の為に周辺に警戒をしつつ、御手洗から出た。するとクロ君が私の腕から下りて人の姿へと変化した。
「先程の2人はどこかへ行ってくれたようですね」
「ええ…それで2人の話からすると、どうやらサキシマさんの反対陣営…クロサキさんの元にミクべ神の体があるようね」
「なるほど、そんな話をしていたのですか」
 そういえば猫ちゃん達は、この世界の言葉が分からないんだったっけ。
「ところで、気のせいかもしれないんですが…」
と、クロ君は私の首元を指さした。
「先程抱き上げられてた時に気づいたのですが、マフラーの辺りから微かに光が漏れているのが見えました。もしかしたら、ペンダントなんじゃないですか?」
「ペンダント…」
 クロ君の言う通り、私はミクべ神から預かったペンダントを首に掛けていた。
 恐る恐るマフラーを緩めてペンダントを取り出すと、宝石がゆっくりと明滅を繰り返している。
 その光は先程の2人が歩いてきた方向へとかざすと、明るさが増し明滅の速度も速くなっていった。
「これはもしかして、この世界のミクべ神が呼んでるって事かしら?」
「どうでしょう?…でも、あちらの方角に何かはありそうですね」
「闇雲に進むよりも良さそうだし、行ってみましょう」
「そうですね」
 2人頷き合い、私達は光が強く明滅する方へと向かった。

#16へつづく


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