翻訳チェッカーという職業 #2

 昨日 https://note.com/merlin_witch/n/nda287a4cac2c の続きである。翻訳チェッカーに必要な2つめの能力だ。

誤訳を書き直せる日本語ライティング力とは

 昨日も書いたが、これは他人の文体に合わせて日本語を書くスキルでもある。そんなことできるのか、と言われそうだが、実用書を手がける編集者にとっては当然のスキルだろう。
 もう少し具体的に書こう。

2-1 誤訳、訳抜けの箇所だけを元の文体に合わせて加筆・変更する 

 ということになる。文章に「手を入れる」者は誰であろうと、「自分の文体」に持ってくることなく、元の(この場合は翻訳者の)文体で直さなければならない。
 「それにはとても高いライティング力が必要なのではないか」と言われるが、たとえばライターと編集者の関係を考えてほしい。編集者は(必要とあれば)他人の文章に手を入れるのが商売だ。元の文章はプロが書いている。それでも、手を入れることができる。子どもの頃から多くの読書とライティングを繰り返していれば、少量の文章であれば、相手の文体に合わせて書くスキルは自然と身につく。
 翻訳チェッカーに必要なライティング力もこれである。誤訳や訳抜けの箇所を書き換える程度の文章量であれば、相手の文体に合わせて書く。わたしは翻訳の世界に入る前には編集ライターであったから、このスキルで困ったことはない。

出版と産業の区別はある

 とくに出版翻訳校閲の場合には、明らかな訳抜け・誤訳でない限り手は入れない。翻訳者の著作物であるため、細かいところをつつくと「そんなことより誤記を探してきちんと指摘しろ」などと言われるからだ。実際に、翻訳の上手い出版翻訳者の場合、こちらが指摘する箇所はとても少ない。巻末にある注を除けば、6-8ページに1か所程度の鉛筆しか入れない、ということもよくある。
 産業翻訳の場合はもう少し事情が複雑だ。わたしは産業翻訳で最終的に訳文を決定するのはクライアントだと思っている。翻訳者もチェッカーも、そしてエージェントも「ベストの翻訳」をクライアントに届けているつもりである。
 だがクライアントは、原文に入っていない情報や、社内の人だけが知っている背景事情なども知っている。最終的にはそれを組み込んだ翻訳が必要になることも多々あるはずだ。よって、最上級の翻訳者、チェッカーが仕事をして、エージェントがベストな判断で納品したとしても、最終訳文はクライアントが手を入れるということはよくあると思う。それは仕方がないとも思っている。

「わかりやすい文章」に書き直す場合

 話をややこしくしているのは、とくに産業の場合で「誤訳・訳抜けだけではなく、わかりやすい文章に書き直してほしい」という条件がある場合。というか産業の場合はこれが前提ということも多い。
 わたしは「文体」については基本的には直さないレートで受けている。従って、誤訳・訳抜け以外で文章に手を入れる箇所というのは、いくつか自分でルールを決めている。次の項目に当てはまる場合には、誤訳・訳抜け以外であっても文章を直す。すべて「産業」限定です。出版のときはa)、b)以外は当然スルーします。

a) 係り受け(呼応表現など)が合っていない
b) コロケーションが不適切
c) 50字以上読点がない
d)「の」が連続する
e)「行う」が連続する
f)「~し、~し」が連続する
g)「~で、~で」が連続する
h) 形式名詞(「もの」「こと」等)が多すぎる
i)「~的」「~性」「~化」が多すぎる

 上記の項目はどれも、「文章力の基本」といった本に載っていることばかり。
 ただし「句点」についてはやや状況が異なる。英文の「1文(ピリオドまで)」に日本語も対応して「1文」にしてほしいというクライアントもいる。そういった場合には、どんなに長くても「1文」を原文と合わせて句点を打つ。その要件がない場合は、45文字を超えたら文を分けている。それがわたしのやり方である。

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