翻訳チェッカーという職業 #3

 昨日 https://note.com/merlin_witch/n/n804a7956ea3f の続きである。翻訳チェッカーに必要な3つめの能力だ。これで最後である。

訳抜けを拾い、誤字・脱字を直せて、事実関係の誤りを拾える注意力とは

 チェッカーに必要な最後の能力とは、つまり校閲者のスキルだ。下位項目に分けると次のようになる。

3-1 訳抜けを拾って入れる
3-2 誤字・脱字等を拾って入れる
3-3 その他の日本語の誤りや不適切な箇所を書き直す
3-4 事実関係を調べる

 ひとつずつ書いていこう。

訳抜けを拾うのは簡単そうだが……

 訳抜けを拾うのは、誤訳を拾うのに比べれば簡単そうに思える。とくだん高い英文読解力は不要だからだ。しかし、とくに出版の場合は、翻訳者の「癖」を飲み込んでいないと、訳抜けの指摘はできない。1行抜けていると思っても、前や後ろの行でそのニュアンスを出したりしているからである。
 まずは最初から訳文を丁寧に見ていって、翻訳者の癖を把握する。たとえば He said,といった語句は訳さない翻訳者もいるし、ひとつずつ訳す人も、その場合に応じて訳を入れる人もいる。
 翻訳者の癖がわからなければ、訳抜けひとつとっても簡単にコメントを入れたり補ったりできないのである。

誤字・脱字等のケアレスミスを拾う

 これはいわゆる「校正者」のスキルになるだろう。経験年数など関係なく、誰でも拾えるミスだが、何人もの校正者を経ても残ってしまうこともある。おそろしいミスなのだ。
 そして、実は出版社が校閲者にもっとも求めるスキルもこれである。字の間違いは読んだ瞬間にわかるだけに、本を買ってくれた人に「この本、字が間違っている」と気づかせては失格だということだ。
 ケアレスミスへの対応は注意力がモノを言う。だが注意力というのは性格にも関係してくるし、工学および心理面から見たヒューマンエラーの話に触れないわけにいかない。別の投稿としよう。

てにをはや呼応、係り受け、コロケーションの不適切さを正す

 残念なことに、そして当たり前でもあるが、翻訳者(出版も含む)はこのスキルが弱いことが多い。
 どうしても原文読解力が先にくる仕事なので、日本語ライティングまできっちりできる人というのは限られてしまう。出版翻訳者であっても、全員がライターと同水準のスキルを持っているわけではない。
 ときどき、翻訳の後に編集者が手を入れた訳稿(がゲラになったもの)が校閲者に回ってくることもある。そうした場合であっても、こうしたライティング面での不適切さが多く残っていることもままある。
 これを拾うのは、もちろんチェッカー/校閲者の仕事であるが、あまりに多いと「あーこの人、ほんとに日本語書けないのね」と思ってしまう。

ファクトチェックは誰の仕事か

さて、チェッカーの仕事の最後はこれだ。ドラマ「校閲ガール」を見た人は、「ああ、段ボールの山から資料をとことんまで調べるんだよね」と思うかもしれない。
 たしかに、翻訳書ではない「校閲」の場合、これは校閲者の仕事になる。
 だが翻訳の場合には、「調べもの」は翻訳者の仕事である。原文に書いてある固有名詞や事実関係を調べなければ、訳すことなどできないからだ。業界外の人は意外に思う人もいるかもしれないが、翻訳の仕事で最も時間をとるのが調べものなのである。
 では、チェッカーは何をするのか。「裏とり」ということになる。
 とくに産業翻訳では、納期が厳しいために翻訳者がすべての固有名詞等や事実関係をきっちり調べているかというと、そうでもない。裏をとらずに「自分の記憶」に従って固有名詞を書いてしまう場合も散見される。
 それをひとつずつ裏をとっていくのがチェッカー/校閲者である。何をどこまで調べるのか。自分の場合は「産業ならばネットで調べられるところまで」「出版ならば最寄りの図書館にある本でわかるところまで」調べると決めている。それ以上の調べものをする場合もたまにはあるが、別料金をいただいている。
 さてここまで、翻訳チェッカーが何をしているのかということについて書いてきた。今日の話は、訳抜けチェックを除けばすべて校閲者の仕事の範疇である。これだけの仕事をしている翻訳チェッカーがなぜ嫌われるか。それはまた別の投稿にすることにしよう。

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