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『ある男』 平野啓一郎 作 #感想 #読書

あらすじは「特設サイト」にある。


愛にとって過去とはなんだろう?

と問われていて、読んでいて何度も考えさせられてしまった。この話で主に描かれるのは「戸籍交換」である。"ある男"が"ある男"と戸籍を交換して、別人として人生を生きている。その男の過去を語り、別の名前で 別の人として誰かを愛し、死ぬ。誰かの人生を語ることで、人生を生き直そうとしている。


「戸籍を交換したいと思ったことがあるだろうか?」などと聞かれたら、そんなことは想像したことさえないだろう....と答えると思う。

けれど「誰か別の人の人生を生きてみたいと思ったことがあるだろうか?」と聞かれたらどうだろう。迷ってしまう気がする。「いいえ」とは言い切れないだろう。

理由はともあれ、「はい」と答えるのではないだろうか。それは自分の過去を無かったことにしたいから、とか誰かの人生を生きてみるのも楽しそうだから、とか優秀な人として有名になってみたいから、とかそういうのではなく 「羨ましいと思える誰かになってみたい」という嫉妬の感情からなのかもしれないが。

「もし自分がこんな人間ではなくて、あの人みたいな人生を送ることができていたら」、なんて羨む気持ちからスタートしている気がする。

また別の観点から考えると、「自分以上に私(自分)の人生をうまく生きることができる人はいるのだろうか?」という問いも浮かんでくる。そして私自身は、誰かの人生をその人自身より上手に生きることができるのだろうか。



さて、この本の主人公は城戸という弁護士だ。妻と子供が1人。決して家庭がうまくいっているわけでもなく、そして「在日であるという出自」を重く受け止めている。(←この本では 頻繁にこの話が登場する。)
城戸はある依頼によって「ある男」と向き合い、彼がどんな人間だったのか、突き詰めていくのだ。

272ページより

「(略)さっき話した人のこと(ある男のこと)を調べてる間は、気が紛れるんだよ、なぜか。自分でもわからない。とにかく、他人の人生を通じて、間接的になら、自分の人生に触れられるんだ。考えなきゃいけないことも考えられる。けど、直接は無理なんだよ。(略)みんな、自分の苦悩をただ自分だけでは処理できないだろう?誰か、心情を仮託する他人を求めてる。」

「ある男」というまだ名前さえわからないところから彼について調べ、彼の人生を想像することによって自分の人生にも触れていく。これはなかなか掴みきれない感覚だけれど、誰かの生き方を通して「じゃあ自分はどう生きて、感じて、過ごしていたんだっけ?」とふと立ち止まることはあるように感じている。



「戸籍交換をして、別の人生を生きる」。そんな選択をした時、過去はどうなるのだろう?というのがこの本で問われている。その人を愛する時、その人の過去も愛することができているのだろうか?

300ページより

「(略)僕たちは誰かを好きになる時、その人の何を愛してるんですかね?………出会ってからの現在の相手に好感を抱いて、そのあと、過去まで含めてその人を愛するようになる。で、その過去が赤の他人のものだとわかったとして、二人の間の愛は?」
(略)
「わかったってところから、また愛し直すんじゃないですか?一回、愛したら終わりじゃなくて、長い時間の間に、何度も愛し直すでしょう?」


考えさせられる1文がいくつも集められた本だった。平野啓一郎さんのことは『マチネの終わりに』を読むまで知らなかったけれど、もっと平野さんの本を手に取ってみたくなる、そんな一冊だった。

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