LSD《リリーサイド・ディメンション》第2話「フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》」

  *

「――キミの病気には『箱』が必要だ。モヤモヤした感情を押し込める『箱』が……」

 主治医に言われたことが心に残っていた。トラウマを押し込める箱が必要だと彼は言っていた。

 回復症候群《かいふくしょうこうぐん》――これがオレの病気の名前――永遠に伸び続ける髪の毛が、その証拠だ。

 誰かに付けられた傷も、いつの間にか治っている。

 だからオレは、いじめられていた……学校の友達(?)と呼べるか、よくわからないものに。

 拳に、蹴りに、ナイフに……あらゆるモノで傷つけられたオレの体は、見る間もなく治っていく。

 友達(?)どもに共感はない。

 ただ、人間と呼べるか、わからないような化け物に制裁をしているだけなのだ。

 こんな男どもに好意を抱く女性たち……明らかに間違っている。

 オレは、こんな男どもから女性たちを守るために、ある目標を企てる。

 その目標は後宮王《ハーレムキング》になること。

 でも、複数の女性に好意を抱かせるような男は一途と呼べるのだろうか?

 いや、好きな人は、ひとりだけいた。

 オレは後宮王《ハーレムキング》になることが目標だけど、たったひとり、特別な思いを抱く女性がいる。

 千道《せんどう》百合《ゆり》という女性が。

 彼女は緑がかった髪の毛をしている、それでも、おしとやかとは裏腹に、たくましい女性だった。

 よく、いじめられているオレを守るためにした行動によって「男女《おとこおんな》」と呼ばれていた。

 彼女の正義感がオレに好意を実らせる……単純な理由だな。

 だから、小学生のころに言った、あの発言をしてしまったときも受け入れてくれたのは彼女だった。

「オレの将来の夢は、すべての女性を守って救う後宮王《ハーレムキング》になることです!!」

 一貫性のない男だと思う。

 けど、オレは素直だったんだ。

 本当に悪い男どもにダマされる女性の多いこと。

 だから、そのためにも、すべての女性を守ることが「後宮王《ハーレムキング》」の称号だと思ったんだ。

 決して、やましい想いを抱いて言ったことではない。

 それは千道《せんどう》百合《ゆり》もわかっていた。

 オレが、その言葉を放った真意は、別のところにあるってことに。

 オレ――百合道《ゆりみち》千刃弥《ちはや》の姉である、百合道《ゆりみち》千歳《ちとせ》が亡くなったことが、すべてのきっかけだった。

 悪い大人の男たちに犯された。まだ未成熟な子どもである彼女は、最終的に殺された。

 千歳《ちとせ》は儚《はかな》い命だったのだ。

 それがゆえに千道《せんどう》百合《ゆり》はオレの後宮王《ハーレムキング》発言の意図をわかってくれているようだった。

 オレは、そんな彼女のことが好きだったんだ。好きだったのに――。

 ――オレは彼女に告白したんだ。だけど――。

『――チハヤ。ごめんなさい。キミと付き合うことはできない。だって――』

 ――彼女の言葉が、オレの心を傷つけた。

  *

 オレの脳裏には幼馴染である彼女にフラれる光景が浮かんでいた――。

 ――夢……。

「……夢かあ」

 オレ――百合道《ゆりみち》千刃弥《ちはや》は、自室のベッドで悪夢を見ていた。

 悪夢――それはオレが昔、幼馴染の女の子にフラれた出来事の夢である。

 オレは、何回も、何回も、同じ夢を見ている。

 その夢は、オレの脳内意識に刻み込まれているようだ。

「別に特段、見たい夢でもないのになあ。つらいし」

 オレが幼馴染である彼女にフラれたのは一年前だった。

 一年前、オレは通っている高校の屋上で幼馴染に告白した。

 結果は言うまでもなく玉砕。

 オレにとって失恋した結果は思い出したくないし、理解したくもない。

 そんな否定的な考えが今日も脳内を渦巻いている。

「脳ミソの中がグチャグチャして気持ち悪い」

 オレはグチャグチャした考えを捨て去るため、眼鏡型のVRバーチャルリアリティデバイス――ニューロトランサーを装着する。

「トランス・オン!!」

 オレは、VRMMORPGアプリ――フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》の世界へダイブした。

  *

 VRMMORPGアプリ――フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》とは、心に花を宿しているプレイヤーが、心の花――心花《しんか》を武器に変換して魔物と戦い、最終的にはラスボスである魔王との決戦に挑み、攻略していくゲームのことである。

 心に花を宿している唯一のプレイヤーはオレ――チハヤ《Chihaya》だけなのだ。

 というか、プレイヤーはオレしか存在しないようだ。

 なんでそんなマニアックなゲームをしているのか? オレは直感的に理解できる。

 フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》をプレイすることは、オレが特別であると証明できるかもしれないからだ。

 オレは、フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》をプレイできる唯一の人間――。

 ――ここは薄暗くて魔物が存在する邪悪な森。

 森の風は異様に強かった。

 オレの髪が強風で揺れていた。肩にまでかかるようなストレートロングの黒髪だ。マントのように黒いコートも同じようにゆらゆらしている。鎧などの重さで邪魔になるようなものは装備していない。某スパイアクションの潜入捜査官のような姿をしている。しかし、軽装であるにもかかわらず、防御力が高い装備で構成されている。

「オレは特別なのかもしれない。主人公だし」

 例外。

 現実世界には、いたるところに存在する。

 ――天才、万能、完璧、優秀、神童――。

「――違うか。それは認められた人間の単語だ」

 真の例外は、認められない人間だとオレは思っている。

「物語は決まってマイナスから始まるのだ。これからプラスになるために物語を作っていく。そのためのゲームが、フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》なんだ」

 真の例外は、最終的に認められる。

 名声が手に入る。

「だからオレは、フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》をプレイできるわけだ」

 くくく、と笑うようにオレは目の前の光景に集中する。

「スライム」

 オレの目の前に水色の物体が現れる。強風とまったく関連性がないくらいにショボい。

 水色のネバネバした魔物は、オレに強い酸性の液体を浴びせようとする。

「ピギュッ!!」と声を発すると、その液体が出る仕組みになっているらしい。

 オレは、その声に気をつけながら攻撃を回避する。

「ザコの魔物にかまっているヒマはないんだ。とっととレベルアップするぞ。オレは、このゲームに選ばれた主人公なんだから」

 オレは確信しながら心の中で――。

(――フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》をプレイできる。オレが主人公である理由なんだ――)

 ――と、同じ想いを頭に巡らせながら――。

「――咲《さ》け! 百合《ゆり》の花《はな》よ!!」

 ――オレは心花《しんか》を武器へと変化させる「呪文」を唱える――。

「――空想の箱エーテルボックス、開錠《かいじょう》!!」

 オレは、フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》に存在するアイテムボックス――オレの空想を封印した箱――空想の箱エーテルボックスをオープンする。

「来《こ》い! 心器《しんき》――百合の剣リリーソード!!」

 オレはスライムを串刺しにして倒した。

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