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治療家。止観。空。感情のない小さな詩人。maji&joke Deeper 。「…

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治療家。止観。空。感情のない小さな詩人。maji&joke Deeper 。「だから何論」「そもそも論」この二つの定義により全ては解決可能である。

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真如、生滅、有情

私自身が欲望の襲来に悩み(自身が欲望に塗れるのではなく、欲望の侵入により吐き気に襲われる悩み)、人間の欲望の根源と訪れ方その在り方などを手探りで模索し確立した内容…

miya
2日前
3

責任と真実

↑と思っていたが、 芥川さんも私も、間違っている。 よって、 「人間に責任などない」 これが真相で真理である。 どこにも通用しない真実であり、 面白くもない冗談で…

miya
14時間前

『精霊の王』中沢新一

第一章謎の宿神
第二章 奇跡の書
第三章 堂々たる胎児
第四章ユーラシア的精霊
第五章 緑したたる金春禅竹
第六章 後戸に立つ食人王
第七章「明宿集」の深淵
第八章埋葬された宿神
第九章 宿神のトポロジー
第十章 多神教的テクノロジー

こちらから読む。

miya
14時間前
1

J-P・サルトル『嘔吐』

私の吐き気と同種だと嬉しい。

miya
15時間前

精神界は人智を越えるが、
把握できれば物質界より面白い。

精神界年齢(精神年齢)3才だからかな。
興味津々🤟🏻

〈解説〉ダルマの動きが物質界に影響を与えるのだけど、その動きによって二次的に「想い」が勝手に動く自分がわかるし、一次的動きも面白い。へー。。

miya
17時間前

意識は虚構を創らない
意識体は虚構を創る

虚構の定義は、
「事実ー事実」以外のことを虚構という。

意識体レベルの虚構は私には触れない。
生命体レベルの虚構は決して認めない。

どちらも認識せず、
関わらずにいれば済む話。



miya
19時間前
1

強靭な精神

誰かの妄想の世界にも入り込める それが最初だった この世界を知らない私は 赤子のように観るもの全てを吸収した 幾度も変わる虚構という事実 繰り返し騙されているとい…

miya
1日前
3

意識、意識体、生命体、幽体

霊(ガイスト)は、仏教のいう低エネルギーの「生滅」から発生する意識体だ。 「真如」の定義がイマイチはっきりしないが、生滅を消滅させても、潜在的な生滅もある。それを…

miya
1日前
4

意識が何故意識体としての知性を持つのか…今絶賛気になっている。敢えて人間が意識体を作り出すことは容易だが、自然発生もあるのだろうか。
意思はまだ体の空間にある。意識は他を自分とした繋がりである。意識体はそこに独自の動きが纏う。意識同士が絡まることで自然に知性が宿ることはあるのか

miya
1日前
4

「精神の考古学」-読了-

第十部 いかにして人は精神の考古学者になるか  35 アフリカ的段階の仏教 何故、地球の土地を、お金で買わなければ生活出来ないのか(最近では月の土地まで売買されて…

miya
1日前
5

努力とは戦争だ。

努力しないものを蔑み、
努力したものは虚栄心が宿る。

女、又、力+力=欲望のエネルギー

努力が朽ちた後も、
努力した過去の栄光に縋る。

吐き気がする!

「物質化エネルギー」

miya
2日前
3

精神の考古学 -第七部 ロンチェンパの遺産より-

本書は段々と難しくなって来ている。 ゾクチェンは言葉・言語もそうだが、独自の科学・哲学であり仏教でもある。そのためか、密教や西洋哲学、また、音楽等と照らし合わせ…

miya
3日前
4

「セムを超えてセムニーに踏み込む実存のメタファー」中沢新一 『精神の考古学』P240

私はこのメタファーに成りうる、
実存のコトモノにしか興味がない。

miya
3日前
2

ゾクチェンの灌頂、ダルマ・カーヤ(法身)、金剛連鎖体

◉真の自律性 人間の自性をよく研究されている。どのように研究したのか、確かに的を得ている。 この自律性は、自分の法身(真理でありセムニー)により、動いているのだが…

miya
4日前
4

意識レベルで虚構はなくなる。
意識体レベルから虚構が始まる。
生命体レベルは虚構の塊。

虚構の自分にも、
事実は自分の中にしかない。

真実まで辿り着くには、あらゆる自分を疑う。
惑わすものは自分でも切り捨てる。

自分を切り刻み正しさを追求する。

自分の真理に沿って、

miya
5日前
2

トゥガル、テクチュウ、ゾクチェン哲学、生体科学

ゾクチェンには、「テクチュウ」と「トゥガル」という教えがあり、合わせて「ニンティク」というが、法界には底がなく、心の全域は空でも有でもない。「顕現の起こる門が開…

miya
5日前
5
真如、生滅、有情

真如、生滅、有情

私自身が欲望の襲来に悩み(自身が欲望に塗れるのではなく、欲望の侵入により吐き気に襲われる悩み)、人間の欲望の根源と訪れ方その在り方などを手探りで模索し確立した内容と同じ研究を仏教がしていた。仏教のこの辺りが私と通じるところでもある。

第七部 ロンチェンパの遺産
 24 サンワ・ニンポ

全ての欲は、真如(ほんとうの自分)に蓋をする。
真如(潜在的自分)が見えなくなってしまう。
顕在意識(現在の自

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責任と真実

責任と真実

↑と思っていたが、
芥川さんも私も、間違っている。

よって、
「人間に責任などない」

これが真相で真理である。

どこにも通用しない真実であり、
面白くもない冗談である。

『精霊の王』中沢新一

第一章謎の宿神
第二章 奇跡の書
第三章 堂々たる胎児
第四章ユーラシア的精霊
第五章 緑したたる金春禅竹
第六章 後戸に立つ食人王
第七章「明宿集」の深淵
第八章埋葬された宿神
第九章 宿神のトポロジー
第十章 多神教的テクノロジー

こちらから読む。

J-P・サルトル『嘔吐』

私の吐き気と同種だと嬉しい。

精神界は人智を越えるが、
把握できれば物質界より面白い。

精神界年齢(精神年齢)3才だからかな。
興味津々🤟🏻

〈解説〉ダルマの動きが物質界に影響を与えるのだけど、その動きによって二次的に「想い」が勝手に動く自分がわかるし、一次的動きも面白い。へー。。

意識は虚構を創らない
意識体は虚構を創る

虚構の定義は、
「事実ー事実」以外のことを虚構という。

意識体レベルの虚構は私には触れない。
生命体レベルの虚構は決して認めない。

どちらも認識せず、
関わらずにいれば済む話。



強靭な精神

強靭な精神

誰かの妄想の世界にも入り込める

それが最初だった

この世界を知らない私は
赤子のように観るもの全てを吸収した

幾度も変わる虚構という事実
繰り返し騙されているという事実

自分という他人は
高度な能力を持っていた

儀式を行い別の此岸の場を創り出す
この空間が変わる

あたかも人間のような意識体を
何体も創り出す

何時間も何日も呪いが架かったその場に
意識体と私はいた

同じ大義の文言を繰

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意識、意識体、生命体、幽体

意識、意識体、生命体、幽体

霊(ガイスト)は、仏教のいう低エネルギーの「生滅」から発生する意識体だ。

「真如」の定義がイマイチはっきりしないが、生滅を消滅させても、潜在的な生滅もある。それを見分けるのは一般には困難だと思うが、私にははっきりとわかる。

潜在的なものを含めた全ての生滅を消滅させた心を「真如」として、高エネルギーの真如から発生する意識体もある。それが精霊だと思う(現在は居ない)。

この真如にも、人間として生

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意識が何故意識体としての知性を持つのか…今絶賛気になっている。敢えて人間が意識体を作り出すことは容易だが、自然発生もあるのだろうか。
意思はまだ体の空間にある。意識は他を自分とした繋がりである。意識体はそこに独自の動きが纏う。意識同士が絡まることで自然に知性が宿ることはあるのか

「精神の考古学」-読了-

「精神の考古学」-読了-



第十部 いかにして人は精神の考古学者になるか
 35 アフリカ的段階の仏教

何故、地球の土地を、お金で買わなければ生活出来ないのか(最近では月の土地まで売買されている始末)と今まで何回か何となくそう思った時があった。何故登記が始まったのかと考えればそれは明確で、家系図を見ながら実家の土地が初めて私有地となった明治時代の登記録を見たときもそんなことをかんがえていた。

父の祖父が登記をしていた

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努力とは戦争だ。

努力しないものを蔑み、
努力したものは虚栄心が宿る。

女、又、力+力=欲望のエネルギー

努力が朽ちた後も、
努力した過去の栄光に縋る。

吐き気がする!

「物質化エネルギー」

精神の考古学 -第七部 ロンチェンパの遺産より-

精神の考古学 -第七部 ロンチェンパの遺産より-

本書は段々と難しくなって来ている。

ゾクチェンは言葉・言語もそうだが、独自の科学・哲学であり仏教でもある。そのためか、密教や西洋哲学、また、音楽等と照らし合わせた同一性を筆者は試みているが、哲学書は曖昧なため苦手な私は余計に混乱を起こし、仏教独自の言葉も然りだが、、

、、しかし、宗教、哲学、音楽、芸術、、全ての分野に於いて本質的構造は同一性があると言える。

また、言語化すると、そこに当て嵌め

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「セムを超えてセムニーに踏み込む実存のメタファー」中沢新一 『精神の考古学』P240

私はこのメタファーに成りうる、
実存のコトモノにしか興味がない。

ゾクチェンの灌頂、ダルマ・カーヤ(法身)、金剛連鎖体

ゾクチェンの灌頂、ダルマ・カーヤ(法身)、金剛連鎖体

◉真の自律性

人間の自性をよく研究されている。どのように研究したのか、確かに的を得ている。

この自律性は、自分の法身(真理でありセムニー)により、動いているのだが、追求していくと、動かされていると気づく。最近はありありとまざまざと見せつけられている気がしてならない。

自律の誘導によって、内外のコトモノを勝手に思わされているし、興味の対象も勝手に動かされている。顕在意識で思考する内容も都度与え

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意識レベルで虚構はなくなる。
意識体レベルから虚構が始まる。
生命体レベルは虚構の塊。

虚構の自分にも、
事実は自分の中にしかない。

真実まで辿り着くには、あらゆる自分を疑う。
惑わすものは自分でも切り捨てる。

自分を切り刻み正しさを追求する。

自分の真理に沿って、

トゥガル、テクチュウ、ゾクチェン哲学、生体科学

トゥガル、テクチュウ、ゾクチェン哲学、生体科学

ゾクチェンには、「テクチュウ」と「トゥガル」という教えがあり、合わせて「ニンティク」というが、法界には底がなく、心の全域は空でも有でもない。「顕現の起こる門が開く」、「眼」が現れ、現象化ありさまを如実に見届けることが出来る器官である。

『内部空間を観る眼』
セムニー目の前にありありとあらわれる。

『ヴァナキラー科学』
 「ヴァナキラー神経学」
胎児のときに細胞分裂を起こしながら水の元素の力によ

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