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推薦図書 カラマーゾフの兄弟

私が推薦するのは カラマーゾフの兄弟(ドフトエフスキー)(以下、カラマーゾフと略称) です。


ザ・世界文学 ともいうべき、超有名作品です。が、私の周囲を見回すと、意外と読んでいる人が少ない、または、マンガでわかる〜 みたいな本であらすじだけ押さえている人が多い。
この本は、私が今まで読んだ小説の中で最も感銘を受けた作品です。是非、多くの人に小説でこの作品に触れてほしいと思い取り上げました。

思うに、カラマーゾフの魅力は3つあります。
・病み付きになる文体、筋
・キャラが立ちまくっている人物造形
・有名な 大審問官 の章
です。

カラマーゾフを読む上で障害となるポイントとして
・19世紀小説特有の人物描写
・執筆当時のロシアと現代日本との文化・風俗の違い
があります。

カラマーゾフを特にお勧めしたいのは
・ある程度、読書体験を積んでいて、有名世界文学 という理由で 本書を敬遠している人
・文学、社会科学に関わる分野の職業に就く予定、もしくは就いている人:特にコミニティ、神、人間・キャラと言ったワードに問題意識を持っている人
です。

以下、詳しく見ていきます。

カラマーゾフの魅力
カラマーゾフ が、ドフトエフスキー というロシアの偉大な文豪の代表作、と聞いて、難しそう、と敬遠している人がいるとすれば、それは勿体無いことです。カラマーゾフ に限らず、100年以上の時を超え、古典、名作と呼ばれて、読み継がれている小説は、なぜそんなに長く読み継がれているのでしょうか。内容が素晴らしい:例えば人生の真実を突いている 教訓に含蓄があるなど という面もあるでしょうが、単純に面白いからです。100年経っても カラマーゾフ を超える面白い小説が出てきていないから、カラマーゾフ は残っているんです。つまり、古今東西の近代小説で一番面白いのが カラマーゾフ なんです。
面白い と一口に言っても、高尚な、知的好奇心をくすぐるような面白さ、と身構えているあなた!カラマーゾフ は、と言いますか、作者の ドフトエフスキー の小説全般の面白さは、B級グルメ と言いますか、どこか病的な面白さなんです。同じロシアの文豪として並び称される トルストイ の作風が、瑞々しい描写、壮大なスケール で書かれる大河ロマンの王道的面白さとすれば、ドフトスキー の作品を彩るのは、貧困、癲癇、殺人、救済といったキーワードで語られる小規模で暗い世界です。

ただし、ただの暗いいじけた小説ではございません。その文体なのか、筋書きなのか、人物描写なのか、ドフトエフスキーの作品は中毒性がとにかくものすごい。ハマる人は一度読み始めると途中で止められなくなります。かくいう私もそうでした。そして、そんなドフトエフスキー作品の中で最強の感染力を持つのがこの カラマーゾフ なのです。

なぜそんなに中毒性が高いのか。一つには カラマーゾフ の登場人物が、まるで生きているかのように振る舞うこと が挙げられます。小説の登場人物がまるで生きているかのように…これ自体使い古された表現ですが、カラマーゾフ は本当にすごいんです。

例として、本作の 第四部第十一編三 小悪魔 をみてみましょう。
主人公の一人、アリューシャとその婚約者リーズのやりとりです。
アリューシャは、 ホントウのコト しか言わない、故に最強 という人物です。
かたや、リーズは、足が不自由でそれ故に捻くれた性格になってしまった女の子です。
自暴自棄な発言を繰り返すリーズに対して、アリューシャは真摯な対応を続け、ついには、リーズから
「あたしが言えるのはあなただけなんですもの」
という発言を引き出します。ところが、その直後に、リーズは突然、
ユダヤ人の子供の処刑を見ながら砂糖漬けを食べることを想像する話 をし出し、アリューシャに早く兄の元に行くようにと部屋から追い出してしまいます。
(このように、話が盛り上がったところで唐突に打ち切られ、読者におあずけを喰らわせるのが カラマーゾフ でよくやられる手です。しかし、これで終わりではありません)
…アリューシャを部屋から追い出した直後、リーズは何をしたと思いますか?
自分の指をドアに挟み叩き潰すんです。その時のリーズの独白
「恥知らず。恥知らず。恥知らず。」・・・

??

分りますか?

えー、一応解説しますと、リーザはアリューシャの真摯さに心を開き、にもかかわらず、いや、だからこそ、自分の残虐さをアリューシャにぶつけた。そうした後に、自分で自分を罰する。・・・良く分りませんね。それは要約したからです。小説でのやりとりを見ると、読者体験としては、 わからないようで、すごく良く分かる! となるんです。・・・多分ここで語られているのは、言葉で整理できるものではなくて、熱病にうなされて見る夢、癲癇患者のうわ言のような世界なんです。それ故に、圧倒的な手触りを持っているのです。

・・・あ、ありのまま、今起ったことを話すぜ!
リーザはアリューシャに心を開いた後、即座に自分の残虐さをぶつけて彼を追い出し、自分の指を叩き潰した。
な…何を言っているかわからねーと思うが
俺も何が起こっているのわからなかった。
キャラとかお約束とか
そんなチャチなもんじゃ断じてねー。
もっと得体の知れないものの片鱗を味わったぜ…

登場人物たちの次の行動が読めない。物語全体もどこに向かっているのかわからない。だが、作中の人物たちは、確固たる存在感を持って役割を演じている。そんな状態がずっと続くんです。
いわば、現実には絶対いそうにないのに、カラマーゾフ の登場人物は、現実以上のリアリティを持っているんです。

そんな カラマーゾフ ですから、当然、登場人物はキャラが立ちまくっています。主役の3兄弟を紹介すると
ミーチャ:熱血漢。というか女にだらしない、金にもだらしない、けれど高潔。
イワン:冷徹な知識人。無神論者。19世紀の最先端。
アリューシャ:真実しか語らない、行動しない。故に最強。
イワン以外、何を言っているかわからないと思います。むしろ3兄弟はドフトエフスキーの智情意に対応していて、智担当のイワン以外矛盾していて当たり前だと思うんですよね。衝動(ミーチャ)が首尾一貫していたり、良心(アリューシャ)が理性で推し量れてしまったら、嫌じゃないですか。その顛末は、小説を通じて体験していただくしかない。
もちろん、脇役に至るまで、キャラの立ち具合は異常です。例えば、チョイ役ですが、中二病と思しき人物造形も見られます。

カラマーゾフ を語る上で避けて通れないのが、
第二部第五編五 大審問官 です。
これは、イワンの口を通じて語られる劇中劇、という形で出てくるんですが、何も考えず読んでも、なんか知らないけど感動するし、メタファーとして考えても色々応用範囲がありそうな、一種の預言者の見た夢 という代物なんですね。現状自分は、 コミニティを維持するため虚構を担う犠牲にならなければならない人間がいるんだ という風に解釈しています。今後の自分の問題意識の変化に伴って見え方が変わっていきそうではあります。理論・実践問わず、コミニティ・神・人間などのテーマについて関わっていく人は触れておいて損はない、というか是非触れて欲しいテキストです。多くの古典がそうであるように、自分の成長に従って、見える景色が変わって、一種の伴走者、戦友のような役割を果たしてくれるでしょう。

こんな、魅力に満ちた カラマーゾフ ですが、みんながみんな読んでいる、という状況にないのには、訳があると思います。その理由を考えて、 カラマーゾフ を特にオススメできる人の特徴を考えて筆を置きたいと思います。

カラマーゾフを読む上で、障害となるポイント
まず、物語の語り口が古臭いのは、否めません。例えば、初めて登場した人物について、入念な服装の描写から入るんです。これには当時の社会状況が関わっているのだと思います。階級制度が残っていて、服装を描写すれば階級がわかり、それは登場人物の内面を描く上で欠かせない要素だったのでしょうね。登場人物の内面をセリフや主観の描写で表す現代小説に親しんでいる読者からするとこれは、ちょっときついかも知れません。
さらに、小説に限らず、古典と言われる作品につきものなのですが、小説執筆当時の時代背景が前提となって話が進んでいくのも辛いところです。例をあげると サモワール という単語が頻出します。読み進めていくと、これは給湯器のことだと察しがつくのですが、これらの21世紀の日本人にとって馴染みにない風俗は読み進めていく上でのノイズとなります。
こうした親しみのない細部の描写、よくわからないノイズが、作品の特徴である先を読めない登場人物の行動と相まって、読者を??と置いてきぼりにしてしまうのが、 カラマーゾフ はよくわからないという状況に落ちいってしまうパターンだと思います。

こんな人に カラマーゾフ はオススメ
従って、いくら名作といっても、日頃読書に親しんでいない人がいきなり手を出すのはちょっと厳しいかなと思います。文章をスラスラ読めて、情景をスムーズに理解できるくらい読みなれをしている人が望ましいです。 ジャンルは別に純文学でなくても構いません、SF、ミステリ、ラノベ…なんなら、普段はビジネス書ばかり読んでいて、文学初挑戦 という人が、世界文学 ってこんなに面白いんだ とハマルきっかけになり得る作品だと思います。
特に、カラマーゾフ が執筆された当時、科学の発展を背景に神の存在が疑われて社会不安が生じたことが問題意識としてあるわけで、グローバリズムとテクノロジーの発展によって、国民国家、民主主義、リベラリズムの存続が危ぶまれている現在と似ているところがあり、色々共感したり、気づきをもらったりすることがあるんじゃないかと思います。狭くは、コミニティ・神・人間(キャラ) ですが、そういったワードに限らず、 現代 に問題意識を持っている人であれば、理論、実践問わず、ひっかっかる部分が見つかるんじゃないかと思います。

いろいろ書きましたが、カラマーゾフ は、ハマるまでの一線を超えてしまえば、生涯忘れられない読書体験ができる作品なので、是非、多くの方に手にとって欲しい作品です。

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