記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

映画「竜とそばかすの姫」を観た話。


【注意】本レビューは作品の重要な部分に関する #ネタバレ を含みます。鑑賞をお考えの方はご了承の上、お読みください。


劇場で細田作品を見たのは6年ぶりである。

「バケモノの子」が公開されたとき、私は高校一年生。我が敬愛のMr.Childrenが主題歌「Starting Over」を歌うということで、部活の同級生を連れ立って地元の映画館に足を運んだ。その時の感動たるや、それまでの人生で一番と言えるほどだった。エンドロールで涙が止まらない映画は、生まれて初めてだった。

あれから数年。すっかり細田作品は夏の風物詩となった。ジブリ作品・24時間テレビと並ぶ日テレ夏のキラーコンテンツへと成長を遂げたわけである。そして今回もまた、メディアの猛烈なプッシュによって今年の夏の超目玉として華々しく新作が公開されたわけである。


というわけで、映画「竜とそばかすの姫」。

今作の舞台は、自然豊かな高知県。

主人公は17歳の高校生・内藤すず(声・中村佳穂)。彼女は、幼い頃の辛い記憶を抱えながら、曲作りを生きがいにして静かに生きる女子高生だった。ある日、すずは友人に誘われてインターネット上の仮想空間「U(ユー)」にアカウント登録する。そこは、全世界で50億人がユーザー登録し、「As(アズ)」という自らの分身とも言えるアバターを使うことによって、「自分の人生をやり直せる」不思議な空間だった。そしてすずは、「Bell」という名の自分のAsが、自らが歌う歌の力によって瞬く間に大スターへと登りつめていく姿を目撃する・・・。


絶賛公開中であるため踏み込んだ内容をお話することができないが、細田作品の名人芸とも言える壮大な世界観づくりはバッチリできている。50億人が交錯するサイバー空間「U」と、手つかずの大自然が未だに残る高知県。2つのフィールドが全く違う壮大さを生み出しており、物語に大きなコントラストを生み出している。

また、圧倒されたのが主演の中村佳穂さんの演技、そして歌声である。もともとシンガーソングライターとして活躍されていた中村さん。声優としての起用は「異例」とも言えるだろう。しかし、演技は大丈夫なのかという心配とは裏腹に、中村さんの演技は非常に達者だった。内気で高校生活もあんまりうまくいっていない女子高生というすずの背景が浸透したかのような自然な振る舞いで、観客がすずに肩入れできる「弱いところ」をしっかりと演出できていた。歌に関してはもはや批評するまでもない。「50億人が目撃した奇跡の歌姫」と説明されても納得できる。

そして、特筆したいのが細田作品の中でも珍しく「青春ストーリー」を真剣に描いている点だ。過去作でもそういった要素はあったが、あくまでもそれは作品のエッセンスとしてほんの少し加わっていただけ。今作「竜と〜」では、すずとその周囲を取り巻く人間関係が非常に濃密だ。

すずを支えてくれる天才ブレーン・ヒロちゃん(声・幾田りら)、すずの幼馴染であり学校イチのモテ男・しのぶくん(声・成田凌)、吹奏楽部のマドンナで学校の人気者・ルカちゃん(声・玉城ティナ)、熱血漢の変わり者カヌー男子・カミシン(声・染谷将太)。キャラ設定からしてまさに超王道。2クールの深夜アニメにできるほどバチバチに決めた配役、キャラである。彼らが体現する「細田流青春ストーリー」をじっくり堪能できるのは、この作品の持つ大きな魅力であると思う。


しかし、手放しで絶賛はできない。

まず、様々な要素を詰め込みすぎて散らかってしまっている感をものすごく感じた。すずと父親の「家族関係」、すずと周囲の同級生の「交友関係」や「恋愛」、「幼馴染との複雑な事情」、ネットやSNSにはびこる「炎上・ネットリテラシー」、「児童虐待」、「いじめ」などなど、とにかく挙げだしたらキリがなくなる。

サマーウォーズ以降、細田守・スタジオ地図作品がいくつも公開されてきたが、「サマーウォーズ」ならネット空間から始まる世界の崩壊、「バケモノの子」なら獣と人間の種族を超えた絆、といったように、物語を支える一本の大きな大黒柱があったように思う。しかし、今回はどれがその大黒柱なのかがわかりにくかった。まあ当然、すずが幼い頃抱えた心の古傷を乗り越えていく「人生の再生」という筋書きが大黒柱として最もふさわしいとは思うが、そうであればもう少しその他の要素をシンプルに描くべきだったとは思う。


また、結局の所「U」とはどんなサイバー空間なのかがイマイチわからなかった。ユーザー50億人超えという威勢のいい言葉だけが聞こえてくるが、実際にUでは何ができて、どう自分をやり直せるのかがよくわからなかった。

「サマーウォーズ」では、「U」と瓜二つの仮想空間「OZ」が出てくるが、それはネットショッピングから行政サービスに至るまでを仮想空間上で済ませることができる「第二の現実」とも言える空間だった。一方「U」はアバターと自分の生体情報がリンクし、仮想空間上でも自由に行動ができるとの特徴が語られるものの、ではそのアバターを使って「U」の空間上で何ができるのか、という肝心なところが描かれていなかった。この描写があるとないとでは、説得力に大きな差が現れると思う。

鑑賞後の「よかった作品ではあるが、心からの清涼感は感じられない」という複雑な感情は、こうした部分の描写の甘さが引き起こしたのではないかと私は考えた。


正直、大団円こそ上手くまとめられたが、ストーリーを構成する要素が多すぎて後日談が非常に気になる映画だった。

ストーリーのキーパーソンである「竜」はその後どうなったのか。50億人の前に現れたBellは、物語の終結後どのような運命をたどるのか。それによってすずの高校生活はどうなってしまったのか。2時間見てハイ完結です、とは行かず、その先をもう少し知りたくてモヤモヤしてしまう気持ちが私の中にはあった。しかし、細田作品の数十年の歩みをすべて詰め込み、これまで届けてきたものをもう一度振り返りながら新たな物語を紡いでいった、と考えれば、この要素の多さも納得できる。

私は悩んだ末、この作品を、「細田守が思う細田流ディズニー映画」だと解釈することにした。ディズニー作品は、プリンセスと王子が恋に落ちる不変のフォーマットにより成り立っている。細田監督が思う「プリンセス像」とはすずのことであり、王子は竜、あるいは幼馴染のしのぶくんなのだ。

スタジオ地図が描く渾身の「美女と野獣」。これが、今の日本アニメ映画の現在地であり、到達点なのかもしれないなと、私は思った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


というわけで、今回は映画「竜とそばかすの姫」のレビューでした。

引き続き、読者の皆様から映画レビューのリクエストを受け付けております。この作品をレビューしてほしいというリクエストがありましたら、下のURLから「募集のお知らせ」に飛んでいただき、コメント欄の方に投稿をお願いいたします。瑞野が責任を持って、レビューさせていただきます。



おしまい。

この記事が参加している募集

映画館の思い出

映画感想文