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【連載小説】リセット 3

 離婚後、半年ほどが過ぎた暮れも押し迫った時季、芳樹は東北の片田舎の故郷へ向かった。

「たまには故郷にでも行ってリセットしてきたらどうかな。姪の幸子が君の母校の小学校の教員をしている。連絡をしておくので、会ってきたらどうだろう」と、松江教授からの勧めもあったからだ。
 そのころの芳樹の心の中では、教授の姪の幸子に会ってきたらという教授の真意を推し量る余裕すらなかった。
         
 その旅は、故郷の姿をこの目で見て、芳樹自身の辛かった幼いころの記憶を呼び覚まし、自己回帰を通して、一度自分自身をリセットする旅でもあった。そういう意味でも敢えて各駅停車の鈍行を選んだ。時間はかかる。だが、その方を選んだ。

 芳樹は、車窓から通り過ぎる景色を眺めながら、美代とのこと、別れたあとの荒んだ状況などが、窓外の景色と一緒に流れ過ぎた。
 北に向かってひた走る列車は、芳樹の記憶を駅ごとに乗せていくように思えた。
 そして、いつの間にかウトウトしてしまった。

 ある駅で老夫婦らしき二人連れが乗り込んできた気配で目がさめた。
 ホームに目を移すと『峠』という駅であった。
 その客は、芳樹が座っている席の通路を挟んで向かいの席に座った。
 すでに二人とも還暦を過ぎた年頃で、寡黙である。時々二言三言話していたが、その後は二人とも押し黙って車窓に目を寄せ黙ったままであった。
 男は帽子を取り膝元に置いた。頭には白髪が混じり、顔の皺はそれまでの過酷な人生を物語っているようだった。
 女は小柄の清楚な出で立ちの容姿で、どことなく凛とした顔立ちが、芳樹の胸を打った。死んだお袋に似ていると思った。
 
 芳樹の母親は農家の出で十八の時、同じ集落の農家の長男に嫁ぎ、年中、田畑と格闘しながら働きづくめであった。
 その後芳樹が生まれた。父親は芳樹をかわいがった。その父親は芳樹が六歳の時、不慮の事故で死んだ。
 母親は亡き夫の両親の世話をしながら芳樹を育てた。
 その母親も、芳樹が高校二年生の時、病で死んだ。
 芳樹は爺婆に育てられた。その爺婆も芳樹が高校を卒業間近の春、相次いで死んだ。
 近くに親戚の叔母がいたので、とりあえずそこで厄介になった。勉強はできたほうで高校卒業と同時に東京にでて、大学で松江教授のゼミに入り勉学に勤しんだ。そして、大学四年の時、美代と知り合い結婚したのだった。

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