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月曜日の図書館 ふつうのチョコレート

開館するまでの30分、ポストに返ってきた本を消毒したり、乱れた本棚を整えたりする。記載台もえんぴつも消毒。検索機のキーボードの上にはラップをかける。床に落ちていた紙くずを拾い上げたら、メインテーマは殺人、と書いてあった。

返本していたK川さんが、踏み台をめちゃめちゃに壊してしまう。プラスチックが劣化していたのだ。どのくらい前からここにあったのだろう、と考えていて、ふと台湾では食べ物だけでなく、雑貨にも使用期限が書いてあったのを思い出した。

台湾、いつになったらまた行けるのか。

換気のためにすきま風がびゅうびゅう入ってくる。カウンターで仮死状態になっていると、I元さんがホッカイロを貼ってくれた。全身にあたたかい血を行き渡らせるには「風門のツボ」に貼るとよいそうだ。剥離紙にはかわいいウサギが描かれていた。

いつも電話でレファレンスという名の人生相談をしてくる人、一度課長が(やんわりと)他のお客さんとの兼ね合いもあるし、一日に何回もかけてくるのはやめてほしい、と伝えたら、ものすごく重たく受け止め、それ以来「電話をするのは迷惑なのでしょうか」「自分は消えた方がいいのでしょうか」と尋ねてくる。

それまでは「Wi-Fiの仕組みが知りたい」とか「1+1はなぜ2なのでしょうか」とか、一瞬言葉につまっても何とか(図書館の資料に基づいて)回答できるような内容だったのに、質問のレベルが格段に上がってしまった。

そして電話の回数は変わらない。

S村さんが、壊れた踏み台の写真を撮る。経理の人に見せて、新しいのを買ってもらう説得材料にするそうだ。けれども消毒とか、空調費とかにお金が持っていかれている今年は難しいだろう。書庫の中には天井のすれすれまで本が並んでいる。チビには辛い時代だなあ、とT野さんが嘆いた。

昼、大人気のカフェにたまたま入れて喜んでいたら、青のりみたいにハーブがまぶされた味のない大根の輪切りが出てきて絶句した。これでは午後からの英気を養うことができない。

口直しにチョコレートを食べる。新人のM木くんが、デパートの催事会場で買ってきてみんなに配ってくれたのを、楽しみにとっておいたのだ。

口に入れた瞬間、小学生のときに集めていたにおい消しゴムみたいな味がして、視界が反転した。

いつも手品の本ばかり何冊も書庫出納する人が、出納の番号札をなくしたと言う。読んでいた本やかばんの中を探ってみるも見つからない。今まで何のために種や仕掛けについてさんざん勉強してきたのだ、さあ早くそのポケットの中から札を出してみせてよ、と思う。

札はおろかハトさえ出てこない。

装備のボランティアに来てくれるOBの人が、アメリカ土産に「唐辛子チョコレート」を買ってきてくれたときは、警戒して誰も食べようとせず、一年くらいお菓子置き場に放置されていた。食べ物を粗末にするのが嫌なわたしは、日にちをかけて我慢強く消費していった。N本さんにも数粒は無理矢理食べさせた。

期限はとっくに切れていたはずだが、不思議な味がするのが劣化によるためか、もともとなのかは判別できなかった。

退庁処理をしようとして、画面の近くにあった「職員向けジャンボ宝くじのお知らせ」の案内を2回もクリックしてしまう。やっぱりまだ体が冷えてるんだよ、早く帰ってあったかくしなよ、とI元さんが言ってくれる。

帰りながら、感染者への対応人員として出向して夜中まで働いている職員さんに応援の贈り物をしよう、という有志からの呼びかけがあったことを思い出す。どんなチョコレートにしようか考えていて、さっきは退庁ではなく登庁のボタンを押してしまったことに気づいた。

vol.59 了

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