どんな仕事を「公」が担うべき?

前回のどんな人が高い給料をもらうべき?という記事に続き、「どんな~べき?」シリーズ第2弾。今回は「公」が行うべき仕事とはどんなものかについて少し考えてみたいと思います。人口減少やAI等の発達に伴い、人間と労働について、また「働いて賃金を得て生きる」という生き方そのものを見直す時期に来ているように思いますが、それでも人間がやらなければならない仕事というのは必ず残ります。また、その性質から言って、利益を追い求めたり、民間に私有されてはいけないような業態・事業も存在しています。昨今は水道民営化が騒がれているようですが、こんな危機的状況だからこそ、「公」と「民」について考えることはとても大切なのではないかと感じるのです。

テーマが大きすぎるのでここでは軽く触れることにしますが、その一番最たるものは中央銀行だと思います。日本銀行が民間銀行であることのおかしさ。株主が公開されていないことのおかしさ。すべてのお金が借金であるおかしさ。通貨を国が発行していない現実(硬貨を除く)。学校やテレビ等では見事に扱われませんが、この通貨発行権は相当重要なテーマで、どなたも自ら学び、理解する必要があることだと思います。ただ、仮に国が通貨発行権を得て政府通貨を発行したところで、政治家・官僚たち支配者が欲望まみれで腐った人々である限り、一般庶民を苦しめる施策を取るのは間違いないという気もしています。

また、役所に勤めていたころに身近な話題だったのが、保育園民営化についてでした。当時公立園の運営管理などの仕事をしていたため、公立保育園の重要性を肌で感じていたのです。ただでさえ仕事内容に照らして待遇が悪いと言われる保育の仕事。公務員であっても、事務職や技術職に比べて給与は低めに設定されていて、それについては疑問に思っていました。それでも一般の民間園に比べれば、潰れないし産育休も取れるので、条件は悪くはないと思います。保育園は子どもを預かる大切な仕事で安定的な運営が必要な事業なので、公立学校と同様に働く人の身分や賃金が保障されるべきだし、利益追求、経費削減を奨励する民間的マインドとは合わないと感じます。そもそも民営化を推進する主な理由がコストカットであり、待機児童対策としての保育士の処遇改善の動きとまるで逆行しているようにも感じます。ちょうど私の在職中に、担当園が何年後かに民営化される、という発表があったのですが、それを知った時の園長先生たちのやりきれない、悔しそうな表情を忘れることができません。先生たちをクビにすることはありませんが、採用を抑えるなどして徐々に直営事業を縮小していくのでしょう。

上の話に関連して、私は学童に携わる職員の方たちの待遇の悪さにも疑問を感じています。共働きが当たり前の世の中において、大切な子どもたちの居場所の一つとなっている学童で働く人々の身分、賃金を保障しなければ、なり手はどんどん減りますし、質の低下も問題になってきます。学校の先生のブラックな働き方もよく話題に上るようになりましたが、子どもたちの放課後の居場所を見守るニーズは高まりつつも、その職業が一家を養えるくらいの給与水準に至っていないということが、先生への過度な負担にもつながっているのかなと想像しています。これは「公」がやるべき仕事ではないかもしれませんが、より公的な支援が必要な事業だろうと感じています。

以前に「医療」は資本主義の論理と相容れないという記事を書いたのですが、医療についても「公」であっても良いのではないかと考えています。過去記事にも書いたのですが、医療や福祉といった命に関わる仕事は、資本主義とは相容れないので、基本的には「公」で担うべき性質の仕事だと思います。ある地域では大きな病院がそこしかないというのに、経営赤字で潰れました、となったら、人々の命に直結する問題が生じてしまいます。経営云々ではなく、必要性に応じて設置基準などを設けるべきです。そして、そこで働く人々の身分・賃金は患者数や利益に関わらず保障されなければならないと思います。

人々の足となる交通機関・JR(国鉄)の民営化や、大切な手紙を運ぶ郵便事業の民営化は上手くいっているでしょうか。私は詳しく語れるほど調べていないのではっきりしたことは言えませんが、「赤字だから潰れます」では困るような事業ではないでしょうか。人の多い都心部なら民営でも良いかもしれませんが、鉄道には赤字でも運行を続けなければならない公共的な役割はあると思います。郵便局員にははがきのノルマが課せられるという話も聞きます。でもこれはおかしな話で、はがきなどは営業されて買うものでもないでしょう。郵便事業で大切なのは安定的な運営であって、利益を追求することではないはずです。サービス向上どころか待遇悪化で人手不足、サービス悪化を招いているのが郵政民営化の結末ではないでしょうか。

基本的に「公」の仕事が多い方が社会は安定しますし、完全雇用を前提とした社会を続けるなら、民営化よりも公営化を進める(なんでもかんでも民営化しない)ことが大切だと思います。公営にすることによる財源の心配については、上記の通貨発行権を改革することでどうにでもなる問題です。一方で身分が保障されているが故の怠慢は、私も嫌というほど見てきた頭の痛い問題で、人々が愛とやる気を持って仕事に取り組めるようになることの難しさを感じることでもあります。もしかすると「公」とか「民」といった概念がもはや違うのかもしれません。まだ正解はわかりませんが、社会主義でも資本主義でもない社会のあり方について、これからも模索していきたいと思います。

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村上 ハルカ

1987年生まれ。2015年に突然市役所を退職。ホリスティックな健康をサポートする「Green Cosmo」サイト運営しています。資本主義の次は共同創造・個人の時代。FB友達申請お気軽に。サイトhttp://muraharu.com

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