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暇を持て余すのは何故か 楽器はいかが?

「暇だ」とか「やることがない」が口癖の人々がいる。これは何かに没頭する喜びを知る人々にとって、理解し難い感覚なのではないかと思う。時間がいくらあっても足りないくらい夢中になるものがある人々がいる一方、常に暇を持て余す人々がいるというのは不思議な感じがする。思うに、自分が主体となって、何かに能動的に取り組むとき、人間は暇など感じなくなるはずだ。常に受動的で、あわよくば何か面白いことが降ってこないかという姿勢でいるから、暇なのである。

これは何をやるかという問題ではなく、能動的な姿勢でやるかどうかという問題だ。例えばスマホでゲームをする場合。単に習慣的暇つぶしでダラダラやっているのか、ひとつひとつ分析して攻略しようとするのか、将来クリエイター側になるための勉強なのか、同じ作業を行っていても、その時間に対する満足度と充実感は全く違う。自分の意志で、目的を持って何かに取り組む場合、それは興味深く面白く、暇とは無縁の感覚を得る。

これはスポーツでも散歩でも釣りでもサイクリングでも語学習得でも資格勉強でも将棋やチェスでも登山でも家庭菜園でも音楽や芸術鑑賞でも読書でも映画鑑賞でも、何にでも当てはまる。行動そのものが幸福感を作り出しているというより、能動的に自分の意志で行動しているという点が、充足感を生み出している。だから、趣味に没頭して人生を楽しんでいるように見える人々は、自らの意志で幸福感を作り出してきた人々とも言えそうだ。

そして、好きなものを持ち、能動的に楽しむ人々も、最初からそれに興味があったり、得意だったりした訳ではない。むしろ、人に誘われたとか、偶然やってみたらもう少しやってみたくなったとか、なんとなく長年続けていたら上達してしまったとか、たいそうな理由や動機もなかったものに対して、いつの間にかやめられないほどのめり込んでしまったというパターンは多い。おそらくこれは、知識を広げたり、習得したりする過程で、どんどん能動的姿勢が強まり、それが充実感をもたらすようになったのではないかと思う。つまり、継続して知識と経験が積み重なることで、より面白みが増し、さらに自分の意志で継続するという循環である。

こう考えると、何かを能動的に継続して取り組むということは、人生全体の幸福感に寄与するのではないかと思う。最初は少しも面白くないと思っていても、やり続けるから楽しくなってくるという部分は何においてもある。よくルールが分からなかったスポーツが理解出来るようになったとき、全然聞き取れなかった外国語が会話で使えるようになったとき、上手く音を出せなかった楽器で一曲でも演奏出来たとき。人生に長く楽しみをもたらしてくれるものは、その面白みを知るまでに多少の時間がかかる。それは受動的で瞬間的な快楽とは違うからだ。

楽器の習得は果てしない。最初は退屈な練習の繰り返しばかり、基礎を身につけるにはそれなりの忍耐力を要求されるし、何よりも練習を習慣化しないと上達しないので、時間管理も必要になってくる。それでもやはり、生涯を共に出来るという意味で、これほど素晴らしい友は滅多にいないと思う。楽器の良いところは、ひとりで演奏しても、他の人とのアンサンブルでも楽しめるという点だ。頭と身体をバランス良く使うので、一度慣れれば、変に偏った疲労は感じなくなるし、自分の能力だけで音をコントロールする達成感は、一度味わうと癖になる。

もしせっかく楽器を始めたのに投げ出したいと感じたら、いくらゆっくりでも良いから、5年くらいはひとつの楽器と共に過ごしてみてほしい。このくらいの時間をかけると、それなりに楽器と身体が馴染んで、例えそんなに上達していないと思っていても、楽器が身体の延長線のように感じられてくる。そこからが、楽器演奏の真の楽しみである。

大人になってから楽器を始める場合、テクニックに限れば子どもほど上達は速くないかもしれない。しかし人生経験を積んだからこそ理解が容易なことも多々あるし、客観的に分析する能力に長けている大人は、表現の面で有利である。

参考までに書くと、大人でも習得が容易なのは、音程を自分で作らなくてよい楽器、そこまで指の細かい動きが要求されない楽器である。例えばヴァイオリンは、この両者に当てはまるので、楽器経験ゼロの大人がある程度のレベルに達するには、相当の訓練が必要となる。同じ弦楽器でもチェロの方がまだやり易いし、ギターはフレットがあるため、初心者でもさらにとっつき易い。一般的な管楽器だと、リコーダー必須の日本においては、サックスあたりが一番楽に習得出来るかもしれないが、体格や肺活量なども楽器の向き不向きに関係する。打楽器も、とっかかりは始めやすいかもしれない。安価かつ簡単という面では、ウクレレやリコーダーなどは、初心者でもすぐに満足感を得られる楽器だ。声楽や合唱は自分の身体が楽器となる。

ピアノはどうかというと、ごく簡単な曲を弾くのは誰でも出来るが、難易度を上げていくと果てしなく難しい。これは音を縦横に構築するという楽器特性のためで、多少音感が悪くてもピアノは弾けるのだが、音の構造的処理が苦手な場合苦労する。

楽器というのは、ポピュラーなものからマイナーなものまで無数にあるので、ひとつも気の合う楽器に出会えないということはないと思う。面白い民族楽器と出会い、人生が変わるかもしれない。敷居が高いものばかりでなく、思い立ったら明日から始められるものも、たくさんあるのだ。
暇で仕方ない人は、一度楽器に触れてみてはいかがだろう。



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