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【ショートショート】反省コーディネーター (1,769文字)

「つまり、体育の授業中、お友だちに怪我をさせてしまったわけですね」

「ええ。本人はちゃんと謝ったから大丈夫って言うのですが」

「お母様としては心配である、と」

「はい。そうなんです」

 小さな会議室。母親が知らないおばさんと話し合っていた。その横で小学五年生のエミリは唇をとがらせ、窓の外をぼんやり見ていた。オレンジ色の夕日が眩しかった。

 いつになったら帰れるのだろう。ゲームやる時間はあるのかなぁ。夜には推しの配信もあるし、わたし、けっこう忙しいんだけどなぁ。

 そんな不満を表明するため、エミリは鼻から息を吐き出した。でも、真剣な大人たちに生ぬるい空気は届かなかった。

「なるほど。状況はだいたいわかりました。ご本人様もお相手様もお若いですし、スタンダードな反省プランでことは足りるかと思いますが、いかがでしょうか」

「すみません。なにぶん、はじめて利用するもので。詳しく教えてもらってもいいですか」

「はい。もちろんです」

 おばさんはテーブルにあったタブレット端末を手に取った。難しい顔であれこれ操作した。その後、微笑み、カラフルな画面を母親に提示した。

「最近は子ども同士のトラブルであっても、謝り方を間違えると深刻な問題に発展しかねません。いじめや訴訟、ネット炎上など、様々なリスクが潜んでいます。しかし、反省の意志を伝えるためには相応の技術が必要です。むやみに謝り、ことを荒立てては目も当てられませんね。そんなときは我々、反省コーディネーターにお任せください。たしかな技術と知識を持った専門スタッフがお客様の謝罪を全力でサポートさせて頂きます」

「心強いです。よろしくお願いします」

 母親の表情は緩み、おばさんはますます笑顔になった。エミリはそんなやりとりにかまうことなく、流れる雲を追っていた。

「さて、具体的なサービス内容なのですが……」

 それから、延々、謝り方の説明が続いた。

 子ども同士が揉めた場合、相手の親御さんが状況を正しく把握できていないケースが多いので、ちゃんと電話で情報共有を行うことが大切であること。その上で、当日中にアポイントメントを取ること。仮に断られたとしても絶対に退いてはいけない。すぐにタクシーを呼び、途中、お詫びの菓子折りを買って相手の家へ急ぐこと。その際はどのような服装が適切であるか、頭を下げるときの角度は何度がいいか、どのような言葉をチョイスするのが適切か、などなど。

 おばさんは謝罪のイロハを早口にまくし立てた。母親はそれを熱心にメモし、いちいち唸り、頷いた。

「もちろん、今日の今日なので、お菓子と服装についてはこちらで準備してあるものをお使いください。ちなみにお電話はお済みですか」

「いえ。なにぶん、娘から話を聞き次第、こちらに伺ったもので」

「では、早くした方がいいですね。向こうの子どもの伝え方によっては大変なことになりますよ」

「まあ、どうしましょう」

「あちらに専用の部屋があります。やり取りのマニュアルもありますし、わたくしもサポート致しますのでご安心を」

 二人はドタバタ、慌てた様子で部屋を出ていった。

 大人たちがいなくなったとき、外はすっかり暗くなっていた。ずっと窓の向こうを見つめていたエミリだったが、まわりの静けさに気づき、あたりを確認。久方ぶりに姿勢を正した。

 ドアの向こうは騒々しかった。しばらく、母親もおばさんも戻ってこないだろう。

 エミリはスマホをポケットから取り出した。そして、迷うことなく電話をかけた。

「もしもし。ゆっこ。いま、大丈夫」

「大丈夫だよ。どうしたの」

「今日、ごめんね。体育のとき、怪我させちゃって」

「ああ。あれね。かすり傷だし、問題ないよ」

「よかった。明日、お詫びにアメあげる」

「いいよ。別に。それより、いまって、ひま」

「うん。たぶん、しばらくは」

「だったら、一緒にゲームやろうよ。夕飯までだから三十分しかないけど、マミとユウジも誘ってさ。期間限定クエストにチャレンジしたいんだよね」

「いいね。やろう、やろう」

「やった。じゃあ、みんなにはわたしからLINE入れとくね。エミリは必要な装備を揃えるの、お願い」

「OK」

 それから、エミリは友だちとチャットを楽しみながら、仲良くゲームに勤しんだ。

(完)




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