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【料理エッセイ】七味屋台のおじいさんは渥美清の親友?!

 初詣の楽しみはなんと言っても出店である。参拝の行列に並走し、所狭しと建てられた屋台の量はいつ見ても圧巻。普段、そのお寺や神社を訪れるときと同じ空間と思えないほど見事に領域展開された即興の商店街はもはや芸術だと思う。

 そんな中でも、お正月、わたしが欠かさず訪れるのは七味唐辛子の屋台。好みに合わせて調合してくれるのが嬉しいのはもちろん、なんと言っても唄うような口上が気持ちよく、ついつい聞き惚れてしまう。

 口上ってなに? って方のために、自分で撮影したものではないけれど、参考までにYouTubeで人気の動画をご紹介。

 立板に水。つらつらと述べられる呪文にすっかり心奪われ、毎年、年が明けるたび何袋も買ってしまうのが我が家の恒例となって久しい。冷凍保存をすれば香りが維持できると教わったことを信じ、今夜の晩酌に食べた焼き鳥にもたっぷり添えた。

今年の分はまだ2袋残っているから惜しみなく使う

 わたしは特に初詣はここに行くという贔屓があるわけじゃないので、つどつど、あちこちへ向かうのだけど、二〇二〇年、新型コロナが世の中を一変させる数ヶ月前の一月一日、成田山新勝寺を訪ねた日のことは忘れられない。と言うのも、そこで出会った七味屋台のおじいさんがただ者ではなかったのである。

コロナ禍前の懐かしい風景

 その人はミッキー・カーチスみたいにダンディな老人だった。渋い声は太く通り、人混みでガヤガヤしている周囲の喧騒なんてなんのその。「よってらっしゃい。見てらっしゃい」が響き渡っていた。

 元来、七味唐辛子の屋台があったら必ず立ち寄るわたしだったので、なんの気なしにミッキーさんのところにトコトコ近づいていったのだが、店頭に飾られた写真を見て驚愕。なんと、そこにあったのは渥美清とのツーショット。しかも、寅さんの格好で背景は映画の撮影現場のようではないか。

 思わず、

「え! 渥美清さんと知り合いなんですか?」

 と、尋ねたところ、ミッキーさん答えて曰く。

「おう。親友だぜ。親友」

 正直、世代ではないので『男はつらいよ』は数本しか見たことないし、一番面白いと感じたのは寅次郎サラダ記念日の回なあたり、にわかもにわかなわたしなのだが、渥美清の凄さはさすがに知っている。そんな昭和の大スターと親友なんて、この七味売りは相当な腕を持っているに違いないと確信した。

 実際、口上を聞いてみると格別も格別。セリフは決まっているから他の人たちと変わらないのだけれど、頭に入ってくる情報量がハンパなかった。声だったり、抑揚だったり、たぶん、テクニックが一流なのだろう。渥美清に認められただけあるなぁ、なんて感心してしまった。挙句、

「どう? 渥美清さんが好きだった調合でも再現してあげようか?」

 と、うっとり観覧しているわたしに提案までしてくれた。

「ぜひ! お願いします!」

 結果、十袋も買ってしまった。しめて一万円の大きな出費。でも、渥美清の愛した七味唐辛子、高くはないと信じ込み、このエピソードを添えて友だちにお裾分けしまくったものだ。

 それから、新型コロナが流行り始めて、ご多分にもれず、弊社もテレワークが導入されたり、外出を自粛せざる得なかったり、ステイホームの日々が続いた。

 サブスクで動画を見るのも、積読を消化するのも飽きた頃、お昼ご飯のうどんに七味唐辛子をかけていたとき、せっかくの機会だし、『男はつらいよ』をぜんぶ見てやろうと思いついた。運良くAmazonプライムで配信されていたので、適当に流し始めると想像以上に面白く、すっかりどっぷりハマってしまった。改めて、七味売りのおじいさんは偉大な人と親友だったんなぁ、としみじみ感動したりしていた。

 そして、二〇二三年。外出規制も緩和されたことだし、この夏、その存在を知ってからというもの、気になっていた葛飾柴又寅さん記念館に足を運ぶことにした。

 ちょうど、としまえん跡地に「ワーナー ブラザース スタジオツアー東京‐メイキング・オブ・ハリー・ポッター」が開演した時期だったが、はっきり言って、寅さん記念館も負けていない。

 プロジェクションマッピングの部屋があったり、ジオラマコーナーがあったり、実際の撮影に使われた「くるまや」のセットがあったり、まさに映画『男はつらいよ』はこうして生まれたって感じで見応え抜群。最高に面白かった。

 しかし、途中、わたしはとんでもないものを発見してしまった。それはプリクラの機械みたいな代物なのだが、見本として並べられていた写真にビックリ。映画の撮影風景をバックに、寅さん姿の渥美清とツーショットが撮れるという内容で、既視感がありまくりだった。

「あのジジイ……」

 完全に騙された! 一万円分も七味を買わせやがって!

 行楽気分はどこへやら、三年越しの真実にわたしの怒りは頂点に達し、薄ら笑いを浮かべているタコ社長の等身大パネルを殴ってしまいそうだった。

 でも、その後、寅さんの名場面を見れるコーナーで、なんの変哲もない鉛筆を巧みな話術で価値あるものに感じさせてしまうシーンを目の当たりにして、ある意味、あのおじいさんは本物だったのだろうと納得。帰りには寅さんせんべいを買っているのだから、とことん、わたしはフーテンに弱いらしい。


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