【掌編】『ウツ男、ウツイシュンイチロウ』
宇都宮に住む、元力士、ウツイ・シュンイチロウ(35)は、ウツウツと人生を過ごしていた。
歩く時は、いつもうつむきがちである。タイガー・ウッズのファンである、ウツイの唯一の楽しみは、ゴルフの打ちっ放しに行って、ひたすら球をうつ事だった。職場は、知り合いに紹介された劣悪な環境の工場だったが、相撲しか知らず、学歴が無いウツイは、そこで手をうつしか無かった。
ある寒い冬の日曜日、そのウツイのアパートのドアがノックされた。
ドアを開けたウツイの目にうつったのは、とてもうつくしい女性だった!
彼女を見た瞬間、ウツイは息が止まりそうになった。
「隣に越してきたMと申します。宜しくお願い致します」
ウツイは思わず、うっとりと見つめてしまった。
「あっ、あの、なにか?」
「あ、すみません!考え事してて、うっかり..」
あの、うっとうしい中年男がようやく出ていったと思ったら、まさか、こんなうつくしい人が、この汚いアパートに越してくるとは...何か理由があるのだろうか...
その日以来、ウツイの頭から、隣のMの事が離れなかった。
部屋の前で、偶然Mに会えた時には、その日、一日夢うつつだった。
そして、季節はうつりかわり、春が訪れた。
地元の駅前を歩いていたウツイは、偶然、喫茶店のガラスにうつるMの姿を見つけた。
同席していた女性の話に、真剣な顔で相づちをうつMの姿が、ウツイの胸をうった。
ウツイの頭の中はMの事で一杯だった。
うつくしいMをデートに誘いたい..だが、どう誘ったらいいのか解らなかった。
力士としても二流だった、こんな何の取り柄も無い大男が誘っても...
その時、ウツイの脳裏に現役時代、稽古中に師匠に言われた言葉が甦った。
「おい!回り込むなよ!真っ直ぐ攻めろ!」
ウツイは、思わず膝をうった。
そして、現役時代さながらの猪突猛進スタイルで、Mの部屋をノックした!
だが...
「ごめんなさい...私、男の人が怖くて..」
翌日、外はウツイの心象風景をうつしだしたような大雨だった。
ウツイの心はうつろだった。
ウツイはショックで、本当のウツ状態になってしまった。
このままでは駄目だ....Mさんの事を忘れないと...
ウツイは、アパートを出ていく事に決めた...
だが、その決意を固めた日の夜、隣のMの部屋から男の怒鳴り声が聞こえてきた!
そして、Mの悲鳴も!
ウツイは、慌てて部屋を飛び出した!
そして、Mの部屋のドアを叩いた!
「Mさん!大丈夫ですか!」
ドアが開き、柄の悪い男が顔を出した。
「なんだ、お前..」
男の後ろでは、Mが顔を押さえてうずくまっていた。
ウツイは、男の顎に張り手を食らわせた!
男は、【うっ】と床に伸びてしまった..
ウツイは、男を部屋の外につまみだした。
「うったえてやるからな!」
男は逃げる様に、捨て台詞をはいて去っていった。
「Mさん...」
「...ウツイさん。有難うございました...私、あの男に暴力を振るわれて逃げてたんです..」
「そうだったんですか..でも、もう大丈夫です。僕が...」
以降の展開は書くまでもないだろう...
アナタの予想通り、ウツイは、これまでのウツウツとした人生にピリオドをうつ事ができたのだった!
土俵際いっぱいからの、うっちゃりと言った所だろうか..元力士だけに...元力士だけに...元力士だけに...
【おしまい】
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監督.脚本/ミックジャギー/出演. ウツイ役. 今井瞬一郎、M役. 村之町子、柄の悪い男、カラー・キーン
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