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詩を描く少女

 言葉で世界は作れるもの。なんて昔は本気で思っていた。あらゆる言葉を紡いで私だけの世界を作る。そんな事を思って詩を書いていた。詩は純粋な言葉の芸術だ。詩こそが文学の中で美術や音楽に匹敵する唯一の表現だった。自分の中にある生々しい普段口では勿論、散文では語れぬ感情。それは詩でしか書けないものだった。この平凡で凡庸な世界に無限の言葉の宝石を降らせよう。それが私が詩で成し遂げたい事だった。私は学校から帰ると部屋に篭って詩を書いていた。学校での愛想笑いと薄笑いの社交の時間が終わったらまっすぐ家に帰って白紙に在らん限りの言葉を書き殴った。夥しい夢想の嵐。夥しい夢想の豪雨。きっと木星や土星の中のように何度も私は核爆発を起こした。あの時代が私の人生の中で最高の時だった。誰とも共有せず、あるいは出来なかった、そんな時間。

 だけど私はそんな夢想が終わるのを知っている。人はいつか夢想から覚めるのを知っている。書いている間はこの夢想が永遠に続くだろうと本気で思っていても。今、私は久しぶりに当時書き溜めていた落書き以下の代物を見てあまりの無様さに顔を赤らめている。あれほどの想いを込めて書いた詩は、気恥ずかしいほどに無知さを晒したスカスカのゴミでしかなかったのだ。はたと現実に目覚めて詩を書くことをやめたあの日。私はその時自分が詩人ではないことに気づいた。その気づきは全く正しかった。全てを知り大人になりこうして昔の自分に再会するといろんなことが懐かしく思い浮かんでくる。今の私にはあの頃のように無邪気ではなく、無知でもない。でもあの頃のように心のままに言葉を紡ぐなんて出来ない。今の言葉を忘れた私はこの平凡で凡庸な世界をただ歩いて行くだけだ。

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