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読んでない本の書評54「四つの署名」

116グラム。文庫とは思えないくらい凝った綺麗な装丁である、シャーロックホームズのロゴも、その下によくみれば印刷されている隠し数字も浮き上がった加工になっている。真っ青でつるつるした表紙を指でなぞるだけでなんとなく楽しくなる。

川端康成でなくても、雪国というものは一瞬でできあがるものだ。気付いたら世界が銀色だった。朝カーテンを開けて、「あーあ、昨日までなら自転車で行けたのになあ」と思う、真冬の始まり。

 そんな日に猫を動物病院に連れていく。避妊手術前の健康診断で肝臓に異常値が出た理由を調べる精密検査である。猫リュックに湯たんぽをつめ、私のパーカーを敷いてやり、猫をのせ、もういっこ湯たんぽを寄り添わせて、リュックの上からねんねこのように大判のマフラーをかけて。ニット帽をかぶり手袋をして、コートの右ポケットに美しい装丁のシャーロックホームズを入れて動物病院へ。お馴染みシャーロックホームズなら待合室でも読めるはず。

 猫がエコー検査を受けている間、「四つの署名」を読む。ある日、ベーカー街を訪れた若く美しい婦人。毎年高価な真珠が送られてくる。そうそう、そんな話だったな。陰気な双子の片方が殺される、大変だ。めくってもめくっても猫の肝臓が脳裏をちらつくので一向に思い出さない。犯人は誰だったかしら。オランウータン?

 獣医に呼ばれて診察室へ。白黒の画面に小さな臓器がうつっている。肝臓です、腎臓です、盲腸です、膀胱です、異常なし。先生、うちの子内臓までめちゃめちゃかわいいですね。エコー上は問題なし、肝酵素で異常値が出ている原因は現時点ではわかりません。これ以上は組織を摘出する生体検査になってしまうが、負担が大きいので症状の出てない子に行うものではない。経過を見ます。

 異常値は出てるけど肝臓が悪いのかどうかはお腹を開けてみなければわからないシュレディンガーの黒猫をリュックにつめて、来た道を帰る。「先生、うちの子病気なんですか?」の言葉を宙に浮かせたまま、街灯でオレンジに光ってみえる新雪を踏んでとぼとぼ。密室でバーソロミューを殺したのは誰だったかしら。ホームズさん、うちの子病気なんでしょうか?

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