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大学以外で言語学を勉強する方法

「大学には所属していないけれど言語学を勉強してみたい。どうしたらいいの?」という質問をよくいただきます。

たしかに本屋さんや図書館には「言語学入門」と銘打った本がたくさんありますが、なかなか独学するのは難しいですよね。

かといって、大学あるいは大学院に入学するというのも大変ですし、そもそも大学院に行くために言語学を勉強してみたいという方もいらっしゃるかもしれません。

そこで、今回は大学以外で言語学を勉強する方法を考えてみたいと思います。

いくつか方法があります。

大学以外で言語学を勉強する動機

意外に思われるかもしれませんが、「大学には所属していないけれど言語学を勉強してみたい! どうしたらいいの?」という質問、さまざまな場所でよくいただきます。

たとえば、一般向け講演会などで質問なさる方がいます。「自分は社会人で大学には通えないが言語に興味がある。言語学を勉強してみたい」とよくおっしゃっていただきます。今年の5月に東京大学五月祭で講演したときにも個人的に質問してくださった方がいらっしゃいました。

あるいは、大学のオープンキャンパスで、「言語学に興味があるが、どんなものか知らないのでどういうものか勉強してみたい」という高校生や、大学の専門課程のコース選択の際に「自分は理系で理系の学部に進学するが、言語学にも興味があるので勉強してみたい」という学生もかなりいます。

さらには、大学院入試説明会で、「大学院で言語学を専攻してみたいのだけれど、そのために勉強する方法を教えてほしい」という方もいます (われわれの大学院には学部時代に言語学を専門としてない学生もいます)。

みなさんそれぞれの理由で言語学を勉強したいと思っていらっしゃるようです。

大学以外で言語学を勉強するには?

ところが問題なのはなかなか言語学は独学しにくいということです。

独学といえば本を読むことが一番に思いつきますが、一人で本を読んで勉強するのはなかなかつらいですし、わからないところがあっても質問することもできません。

そもそも、本を読むといっても、言語学にはさまざまな分野があり、言語学を全く学んだことがない人にとって、ちょうどよい入門書を見つけること自体が難しいです。

さらに、勉強したい言語学の分野によっては日本語の適切な入門書さえない場合もあります。本だけで体系的に勉強することは難しいかもしれません。

では、大学以外で言語学を体系的に勉強するにはどうすればよいのでしょうか。

いくつか方法があります。今回は3つ紹介したいと思います。

  • 東京言語研究所 理論言語学講座

  • 日本言語学会 夏期講座

  • YouTube

その1: 東京言語研究所 理論言語学講座

東京言語研究所は、1966年3月に当時東京大学文学部教授であった服部四郎先生によって創立された研究所です。2016年には創立50周年を迎えました。

ウェブサイトにあるように、

 時代の要請により、日本でも言語学の基礎的な研究と基本的な教育の必要性があったが、日本の大学の機構では言語学者を多数養成し得ない種々の制約があり、開かれた教育体制が切望されていた。
 その状況認識にもとづき、言語学科の属する文系の学生ばかりでなく、理科系の学生にもこの学問の存在と、重要性を認識させるとともに、学歴、年齢を問わず言語学に興味をもつ、才能のある人々に門戸を開放しようという考えから東京言語研究所が創立された。
 日本における言語学そのものの進歩を図るとともに、言語学の実世界への貢献を増大させ、学術文化の向上、発展に寄与することを目標に活動を続けている。

「東京言語研究所 創立目的」
https://www.tokyo-gengo.gr.jp/menu_com.html

という創立目的があります。学歴、年齢を問わず言語学に興味をもつ、才能のある人々に門戸を開放しようというのがその重要な創立目的です。大学以外で言語学を体系的に勉強したいという目的そのもののために作られた機関といえます。

東京言語研究所はさまざまな活動を行っていますが、その中でももっとも大きな活動が理論言語学講座です。一言で言うなら、誰でも受講できる言語学の講座です。

この理論言語学講座には他の言語学講座にはないいくつかの特徴があります。

第一に、開講されている授業が幅広いことです。理論言語学講座では、前期、後期それぞれ10講座、合計20講座の言語学に関する授業が開講されています。入門から専門までカリキュラムになっていて順々に受講すれば言語学の専門的知識が身につくようになっています。

第二に、授業を担当する先生たちが多種多様であるということです。理論言語学講座で教えている先生方は、実際に大学などで言語学を研究し教育している研究者です。専門分野もさまざまです。日本の大学の単一の研究室でこれだけのスタッフを揃えているところはないと思います。

私も2016年以来、毎年理論言語学講座で教えています。「言語類型論」「言語学概論」「言語学入門」「フィールド言語学」などの授業を担当しています。今年度は前期に危機言語の入門講義を担当し、言語多様性・危機言語の入門書として世界的に有名な Evans, Nicholas. 2010. Dying Words: Endangered Languages and What They Have to Tell Us. Malden, MA: Wiley-Blackwell. を使いながら講義しました。

第三に、授業時間はすべて平日19:00〜20:40に設定されています。仕事のある社会人の方でも受講しやすい時間帯になっています。

第四に、理論言語学講座の授業はすべてオンライン授業です。もともと新宿の研究所で授業をやっていたのですが、コロナのために2020年以降は Zoom を使用したオンライン授業になっています。オンライン授業は今後も継続される予定です。

このため、日本全国はもとより世界各国から言語学を学びたいという受講生が集まっています。私の授業でも日本だけでなく中国や韓国、フィリピン、イギリスから受講していらっしゃる方がいました。

第五に、さまざまなバックグラウンドをもった受講生がいるところです。高校生、学部生、大学院生のような学生の方々から、大学の先生、中学・高校の先生、日本語教師のような既に言語学を使っていらっしゃる方々、さらには社会人の方々が受講しています。

受講者数は授業によって違いますが、一つの授業につき10人から40人の受講者がいらっしゃいます。

受講動機もさまざまで、単に言語学に興味がある方や、言語学を勉強してみたいが学べるところがないという方、ふだん言語に関する仕事をしているので言語学を学んで仕事に活かしたいという方、大学院の受験を考えているのでその勉強がしたい方 (最近も、私の授業の受講生だった社会人の方が言語学の大学院に合格しました)、などがいらっしゃいます。

受講する際に必要となる学歴や資格のようなものも特にありません (ある程度の前提知識が必要な授業はあります)。

このように、大学以外で言語学を体系的に勉強する方法として私が一番に思いつくのは東京言語研究所です。一般財団法人ラボ国際交流センターによって運営されており、受講料はかかってしまうのですが、それでも一番おすすめの選択肢といえます。

実は、私も学部生のころ、東京言語研究所に通っていました。今でも理論言語学講座で教えていらっしゃる池上嘉彦先生尾上圭介先生の授業を受講し、勉強しました。社会人や他の大学の大学院生の方々と机を並べて勉強したのは今でもいい思い出です。

その2: 日本言語学会 夏期講座

言語学を大学以外で勉強する方法のその2は日本言語学会 夏期講座です。

この講座はその名の通り、日本言語学会によって運営されている言語学の講座で、コロナによってスケジュールがやや変則的になりましたが、基本的に隔年開催されています。

2022年度はオンライン開催でしたが、それ以前は、8月の1週間、どこかの大学のキャンパスでみっちり朝から晩まで言語学の授業を受講するというものでした。

この講座にはいくつかの魅力的な特徴があります。

まず、日本全国からその分野の専門家の先生が一堂に会して授業を行います。東京言語研究所でもそうですが、これだけ多くの先生の授業を一度に受けられる機会はそうそうありません。

次に、開講される授業の分野が幅広いことです。この点も東京言語研究所と同じです。ただし、上記の理論言語学講座と比べた場合、言語学入門のような授業はないため、基礎はある程度知っていることが望ましいかもしれません。

最後に、夏期講座独特の雰囲気があることです。夏の暑い時期に、言語学を学ぶ人々が日本全国から一つのキャンパスに集まって1週間、言語学を学び、言語学について語り合うという楽しい催しです。毎晩、講演会や交流会などのイベントがあり、ふだんは交流できない人々と交流できる楽しさがあります。

東京言語研究所と同じく、受講生もさまざまなバックグラウンドの方がいらっしゃいますが、こちらは短期集中の夏期講座ということで、大学生、大学院生、研究者の方が多い印象です。

私もこの夏期講座には2回ほど参加したことがあります。

2016年8月に大阪大学豊中キャンパスで開催された夏期講座で講師として「フィールド言語学」を教えました。さらに、2018年8月に当時の勤務校であった東京外国語大学で開催された夏期講座で開催校の委員として参加しました。受講生ではなかったのですが、いろんな授業を聴講させていただきました。言語学について深く学ぶよい機会になりました。

というわけで、日本言語学会・夏期講座もおすすめです。2年に1度開催ということで、今からこれを受講しようとすると2024年まで待たないといけないのですが、それでも機会があたら是非参加してほしいと思います。

その3: YouTube

最後に、YouTube で言語学を学ぶ方法を紹介します。

もしかすると、今どき「独学」と聞くと本を読むよりも YouTube を視聴することの方を一番に思いつく人もいるかもしれませんね。

YouTube のよいところは、まず、通信費などを除けば無料であることです。東京言語研究所でも日本言語学会・夏期講座でも受講にはお金が必要でしたが、こちらは無料です。これは大きな利点です。

次に、オンデマンド授業のようなものなので、講義を何回も聞いたり、好きな順序で聞いたり、早送りで聞いたりすることができるなど、自分のタイミングにあわせて勉強できます。これも大きな利点です。

そういう YouTube ですが、最近では言語学を扱ったチャンネルがたくさんあります。そのなかでも、実際に私が視聴したことがあり、言語学を体系的に学ぶのに適切なチャンネルを二つご紹介します。

一つ目は、国立国語研究所 [NINJAL]チャンネルです。国立国語研究所は東京都立川市にある日本語の研究を中心とした言語学の研究所です。この研究所が YouTube チャンネルを通して役に立つ動画を配信してくれています。

どの動画もおもしろくてためになるのですが、言語学を大学以外で勉強する方法という観点からいうと、特に、言語学レクチャーシリーズ (試験版) がお勧めです。

この動画は学部生・大学院生むけの言語学の基礎を紹介するためのシリーズなのですが、音声学から形態論、統語論、意味論、言語類型論などさまざまな分野の言語学の入門動画が視聴できます。

たとえば、以下は柴谷方良 (しばたに・まさよし) 先生による言語学入門の授業です。「言語学者は何を、なぜ、どのように研究するのか?」という副題がついています。おもしろそうですね。(ちなみに、柴谷方良先生はアメリカの大学院時代の私の指導教員です。この話はいつか書きたいと思います。)

二つ目は、Martin Hilpert 先生のチャンネルです。こちらは英語がある程度できる方向けにはなってしまうのですが、それでも紹介したくなるぐらいに、とてもおすすめです。

Martin Hilpert 先生は University of Neuchâtel (スイス) の先生で、専門は認知言語学、コーパス言語学です。特に、構文文法と呼ばれる文法理論の分野で世界的に著名で、日本でも何回も講演なさっています。(ちなみに、柴谷方良先生は私のアメリカでの指導教員でしたが、Hilpert 先生は3学年上の先輩です。柴谷先生は Hilpert 先生の博士論文の審査員の一人でした。)

その Hilpert 先生のチャンネルは、私の知っている言語学者の YouTube のなかでももっとも充実したものです。動画の数も膨大で、構文文法、認知言語学はもちろん、言語学や英語学など幅広い分野を扱っています。

たとえば、以下の動画は Why study linguistics? と題されています。気になりませんか? ぜひ視聴してみてください。

東京大学の私のゼミでは毎年構文文法を扱う授業をしていますが、Hilpert 先生のチャンネルは、そのときにも必ず紹介しています。私の指導学生にもファンが多いです。

このように YouTube を使用して言語学を勉強することもできます。もちろん、質問がすぐにはできなかったり、一緒に勉強する人たちと出会えないなどの欠点もありますが、それでも第一線で活躍する人たちのお話が好きな場所で好きな時間に聞けるのは素晴らしいことですね。

というわけで、YouTube で言語学を勉強するのもおすすめです。

ぜひ言語学を勉強してみてください

このように、大学以外で言語学を勉強する方法はいくつかあります。

ぜひ、大学には属していないけれど言語学を勉強してみたいという方は、どれか一つでも試してみてください。

これでお話はおわりなのですが、最後に「なんとなく言語 (学) に興味がある人のためのブックガイド」を紹介しておきます。

これを読んでいらっしゃるみなさんの中には「言語や語学には興味があるけれど言語学については興味があるかどうかわからない」という方もいるかもしれません。そういう方のために私が作りました。

なんとなくだけれど言語に興味があるという方は、ここのリストにある本をいくつか読んでみてください。きっと言語学にも興味を持っていただけると思います。

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