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酸いも甘いもむらさきいも

 昨日、一キロの芋を買った。たくさん種類があったのだが、グラムで換算して一番安いものを選び、いい買い物をしたなとホクホク顔で家に帰った。
 家に帰り、早速切ってみると、断面が毒々しい紫色をしていた。しまった。私が買ったものは紫芋だったのだ。私の眼には数字しか映っておらず、品種に関しては見逃していた。調べたところによると、これは多分あやむらさきというやつらしい。
 何でもかんでもオレンジ色や紫色にさせたがるハロウィンが過ぎたから、安くなっていたのだろうか。私は見捨てられた紫芋を、まんまとつかまされたわけか。しかし、そう考えると、私はなんて心優しい人間なのだろう。まるで雨の中、捨てられた子犬のために傘をさしてあげる少年のような、そんな心を持っているような気がした。
 よし。それならばせめて、精一杯こいつを美味しく味わってやろう。調理したことは無いが、何とかなるだろう。紫芋を優しくこすり、独りキッチンで決心した。

 私はまず、少量の水で溶いたホットケーキミックスと、小サイコロ状にした紫芋を混ぜ、それを一口サイズに分けて蒸した。これは私の故郷、東海ではお馴染みの鬼まんじゅうの作り方だ。むちむちでもったりとした食感と、芋のほんのりとした甘さが美味しい鬼まんじゅうが、時々無性に食べたくなる。
 鬼まんじゅうは、角切りしたサツマイモの角がごつごつとしていて、それが鬼のツノや金棒を想起させることから、その名がつけられた。白いごつごつでさえ鬼に見えるのならば、紫芋を使うことによってさらに鬼感が増す気がする。鬼の皮膚と同じような色をしている紫芋は、正にこの料理にピッタリだ。
 数分後、恐る恐る蒸し器の蓋を開けてみた。中には、紫色の鬼まんじゅうが所狭しと並んでいた。正確に言うと、紫芋の色素が生地の方にも溶けだし、全体的に青っぽい。その青さも汚いとかは全くなくて、視野一杯に広がるネモフィラのような、澄んだターコイズブルーというか、とにかく美しい。これが食品でなければどれだけ良かったことかと涙が出る。
 ……まあ見た目は少々不気味かもしれないが、問題は味だ。私はアツアツの青鬼まんじゅうをパクリと口に入れた。
 硬い。むちむちでもっちりと言うより、がちがちでむっきりしている。それと水が足りなかったのだろうか、少し粉っぽい。さらに言えば、全然甘味が感じられない。なんなら味そのものが無い。この表現が正しいのかはわからないが、空気をそのまま固体化させ、ぎゅっと押し詰めたものを口にしているみたいだ。意味が分からないかもしれないが、私が一番分かっていない。
 打つも撫でるも親の恩の心で私は紫芋鬼まんじゅうを叩いたわけであるが、決して不味いわけではない。私は度が付くほど馬鹿舌であり、刺身のホイップクリーム乗せでも美味しく完食できる自信がある(流石になめろうのホイップクリーム乗せはきついが)。だから、私にとって味が無いは美味いに分類される。
 「美味い度が自然数であれば美味いに分類する」と仮定すると、この鬼まんじゅうの美味い度は丁度ゼロである。つまり、この雅で見た目だけは派手だが味が全く主張しない謙虚な和スイーツは、美味いのだ。美味いに違いない。誰が何と言おうと美味い。親に目なしとはよく言ったものである。
 同時に、他人に振舞ったら大不評なのだろうとも思う。大量に作られた青鬼まんじゅうは、心の優しい友人のために、今私の口の中で終始無言のまま暴れ回っている。ああ、普通のが食べたい。こうして、(赤)鬼まんじゅうは人間に愛されるようになったのかもしれない。1つ完食した後、青鬼まんじゅうはラップに包み、冷凍庫へと旅立たせた。

 改めて調べると、紫芋は栄養価が高い代わりに普通のサツマイモよりもずっと甘味が少ないらしい。スイーツとして使うためには、一般的には砂糖やはちみつなどで甘さを加える必要があるとも書いてあった。
 ……ふむ。それならばサツマイモの代用ではなく、ジャガイモの代用品として使った方がうまくいくのではないだろうか。そう思った私は、サツマイモの味噌汁を試してみた。
 灰汁を抜いた紫芋を出汁で煮て、竹串がすっと刺さるようになったら味噌を溶く。冷蔵庫に余っていた葱としめじも入れて、火を通した。そしてそれをおたまですくって、お椀に入れてみた。
 相変わらず凄まじい色をしている。紫をベースに出汁の茶色が混じって、どす黒い。それに芋のでんぷんとしめじのぬめりが溶けだしたのか、必要以上に粘度がある。もうほとんど毒の沼だ。味こそ悪くないものの、嚥下するたびに体力が削られている感じがする。

 もしかして、私にはまだ紫芋は早かったのかもしれない。未だ七百グラムもある大きな宿敵を前に、私はただ立ち尽くすことしかできなかった。
 もういいや、どうにでもなってしまえ。最後に芋ご飯を炊いて、仕舞いにしよう。私は半ば朦朧としながら、米と芋、少々のみりんと塩、醤油を入れて炊飯機のスイッチを押した。
 どうせまぁまぁ美味い紫の米になるんだろうな。紫芋は私の数年の調理キャリアの自信をぽっきりと折った。

 小一時間が経過し、炊飯器が鳴った。ふたを開けると、もう本当に予想と寸分違わない紫芋ご飯が炊けていた。紫の料理ばかりをみてきたからか、もうこれが普通であるように思えてきた。うん、今日も美味しそうに出来上がったぞ。紫でない料理は、既に私の中で食べ物ではない。「俺の目の黒いうちは許さんぞ!」みたいな表現があるが、私は今日、目の色が紫に変わったしまったようだ。これからは全てを許そうと思う。

 ……ふう。以上が此度行われた私VS紫芋との格闘の一部始終である。全て美味しく食べたものの、結果だけ見れば惨敗だ。
  今回の件で得たものと言えば、「紫芋を調理した場合の出来上がりの色が全て想像できる」スキルだけである。どこに需要があるのだろうか。紫芋調理師専門学校でも開くしかない。
  もっと料理上手になったら、また改めて紫芋に挑戦しよう。

 

 

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