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価値について考える〜「自分のお金をつくろう」【前編】

2013年の夏に群馬県立近代美術館で開催された「こども+おとな+夏の美術館 アートといっしょ」という現代アートのグループ展に参加しました。
参加作家は遠藤夏香さん、さとうりささん、祐成政徳さん、タムラサトルさんと僕の5組で、担当学芸員は熊谷ゆう子さんでした。

夏休み期間中の展覧会ということもあり、子供たちを対象とした体験プログラムやワークショップが盛り込まれ、自分に対しても会期最終日の前日に小学生を対象にしたワークショップを開催してほしいとお願いされました。

以前にも書きましたが、ワークショップを実施することにはずっと苦手意識がありました。しかし、この時に群馬で開催したワークショップでは、これまでと違う考え方で取り組んだことで、新しい視点を得ることができたのです。今年から自分が取り組み始めた美術教育の原点は、まさにこの時からだったと考えていて、文字どおりターニングポイントとなった企画です。

それでは7年前に実施したワークショップですが、改めてどんなことを実施して、背景には何を考えていたのかについて振り返りたいと思います。

1. つくらない
美術館で行われたグループ展では、映像インスタレーション作品を4点出品していたので、当然ワークショップでも映像に関連する企画を主催者からも期待されていました。ところが、実際に僕が企画したのは、素材に映像を使わないどころか、何かをつくりだす造形行為そのものをやめました。

何故そうしたのかというと、つくることの背景にある「観る」、「調べる」、「考える」という過程を、子供たちと共有したかったからです。

とはいえ、やったことがないことだったので、ほとんど実験でした。公立美術館からギャランティをもらいながら、こんな実験的なワークショップを許してくれた担当学芸員の熊谷さんには今でも感謝しています。

冒頭の自己紹介では、「今日は何もつくらないよ」と子供たちには宣言しました。みんな意表をつかれたのか、クエスチョンマークを顔に浮かべます。

映像は使わないと言ったものの、最初に子供たちに向けてパワーポイントを使ったレクチャーを行いました。これがパワーポイントの表紙です。

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「お金をつくるー?」「そんなのできるー?」
子供たちのストレートな戸惑いや悲鳴。良いリアクションが返ってきます。

2. お金の歴史
次に、子供たちの想像力を引き出すために、小さな島の写真を見せました。※僕が撮影したものではなくネット上で拾ったイメージ画像です。
その日にやってもらうことを子供たちに説明しないまま、僕のレクチャーがここから始まります。お題は「お金の歴史」についてです。

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時代は遠い昔に遡ります。まだ世の中に「お金」が無かった時代の話。
この小さな島に人間が住んでいると想像してくださいと伝えました。
そして次に見せたのは、この言葉。

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「衣・食・住」、つまり生活するための基本的な営みについて話しました。
お金がまだ無かった時代ですが、生活するための基本は変わりません。
・寒さを凌ぐために衣料を着る。
・生命を維持するために食料を食べる。
・寝る、休むための場所を確保する。

物資が豊かになった現代においても、これら全ての営みに必要なものを自給自足で賄うのは困難です。そこでどうするか?

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はい、物々交換というコミュニケーションが人々のあいだに生まれました。

例えば、木を加工することが得意な人たちがみんなの家をつくる。そのお返しには、漁が得意な人だったら魚をあげたりする。野菜を育てる知識がある人なら野菜を、動物の毛皮で編んだ衣をつくれるなら、衣料をお返しする。今では当たり前となった貨幣経済が生まれる前は、物資の交換によって生活は支えられていました。

こうして物々交換というコミュニケーションの誕生は、今のようにお金が無くても、それぞれの得意な技能を生かしあうことによって、みんなの生活が循環することを可能にしました。めでたし、めでたし。

と思いきや、重大な問題がここで発生します。話を聞いてる子供たちの顔が少し不安になります。物々交換には何が問題なのか?

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そうです。ものは古くなる。冷蔵庫や冷凍庫が無かった時代ですから、魚や肉といった生物は腐ります。ものが古くなるとどうなるのか?

価値がなくなります。

これは不便ですよね。特に漁や狩りをして生活している人たちにとっては大問題です。不安定な自然界を相手に、常に新鮮な魚や肉を用意し続けなければいけない訳ですから、当時はきっと支障が多くあったはずです。

そこでようやく生まれたのがお金という考え方です。

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お金は発明されたものですが、僕は「発見」されたものだと捉えています。
何故そう考えたのか。お金をめぐるレクチャーはここから一気に飛びます。

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この写真は、2010年に台北にあるトレジャーヒル・アーティスト・ヴィレッジという、アーティスト・イン・レジデンスのためのアート施設に約3ヶ月間滞在していた頃の記録写真です。

「トレジャーヒル」とは、すなわち「宝の丘」です。まるで、おとぎ話に出てくるような素敵なネーミングですが、この場所の歴史は政治的にきわめて複雑です。ここでは詳しく書ききれませんが、そんな複雑な歴史背景のある地区で、この場所に元々住む人々とのワークショップや共同制作を台北市側から求められました。

この地区全体が政府による立ち退きを計画されながら、一転して2004年に歴史建造物に登録され、僕が滞在した2010年にアーティスト・イン・レジデンス事業が新たにオープンしたばかりだったので、運営側も問題をおこしたくなかったようで、制限も多かったです。何をしようか考えないままに、とりあえず現地に到着しましたが、中々アイデアが固まらず、苦戦しました。

同じ時期にイタリア人の女性彫刻家が、住民と一緒に畑をつくっていて、僕も1日だけ汗だくになりながら手伝ったことがあります。正直、当時の自分には何で畑をつくるのがアートなのだろうと疑問しかなかったのですが、気になって調べると今も畑は残っていて住民が野菜を育てているようです。今なら、彼女のプロジェクトがいかに面白いことをやっていたのか分かります。

話を戻します。

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トレジャーヒルという地区の名前は、この地区にある寺院の名前が由来です。寺院の名前は、黄金の文字が示すとおり寶藏巖と表記します。一文字目の「(ほう)」という漢字が宝という意味にあたります。日本では目にしない漢字ですが、ある日この場所を通っていて、ふと気がつきました。

漢字のなかに「貝」があると。
日本で使っている宝の表記は「玉」だから中身が抽象化されています。

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あ、と思った瞬間に思い出したのは、お金の起源が貝殻だったという歴史です。一体どこで覚えたのかは忘れましたが、そんなエピソードが頭の中に去来しました。そこからパッと連想したのは、お金に関連する他の漢字です。

経済活動に関わる多くの文字のなかに、貝が付随していることに気がつきました。

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日常のなかで当たり前のように接していた言葉も、成り立ちや起源を意識化してみると新鮮な感覚になります。

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貨幣という言葉にも、やはり貝が。みなさん、いつも意識していましたか?

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漢字のなかに、人類が歩んできた経済活動の起源が記録されていた訳です。

トレジャーヒルでのプロジェクトでは、「宝」の起源である貝を出発点に、この地区に住む子供たちと有志のアーティスト、ボランティアと共に本物の貝を拾うところから共同制作をスタートしました。

お金の歴史についてはそんなに多く語らず、とにかく自分が綺麗だと思う貝を拾ってくださいと参加者全員に呼びかけました。

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台北から電車で1時間ほどで行ける福隆の海岸。

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正直、あんまり綺麗な海岸ではないのですが(笑)、宝探し感はあります。

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自分も拾いましたが、貝殻探しはいくつになっても新鮮ですね。

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みんなでバケツいっぱいに綺麗な貝を集めた図。純粋に楽しかったなぁ。

ちなみに、みんなで拾った貝殻を撮影してつくった映像作品を、トレジャーヒルの脇を走る幹線道路の裏側と地面に投影した作品がこちら。

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主催者側の都合で派手にやりたかったのか、スケールを大きくしなければならず、結果的に繊細さが乏しい作品になってしまったので、自分では失敗作だと思っています。それまで屋外型の映像作品に力をいれてつくっていたのですが、今後は慎重にやらないと大味になるだけで、つまならない表現者になってしまうなと反省しました。実際に、この作品以降はほとんど屋外型の作品に手をつけることはなくなったのですが。

トレジャーヒルでの滞在により出来上がった作品自体は、特に話題にもならず残念な結果になってしまった訳ですが、この時にお金の起源について再考し、「貝を拾うということ」を現地の人と共に体験するまでの過程が自分にとっては非常に重要でした。

それはつまり、今もずっと考えつづけている「価値」という概念について、意識的に考えた最初のきっかけになったからです。

台北での経験談が補足も含めて長くなりましたが、子供たちへのレクチャーはつづきます。

3. 自然貨幣とアート
貨幣の成り立ちは、貝という「自然貨幣から始まったのです。
貝なら何でもよかった訳ではなくて、おそらく人は綺麗な、もしくは珍しい貝をピックアップして貨幣として利用していたはずです。

そこで、価値には2種類の価値があると子供たちには伝えました。

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使用価値と希少価値。
例えば拾った貝をお皿にすれば使用価値が生まれますが、貨幣として貝を使うのならば、その価値は後者の希少価値にあたります。
ここで何よりも重要なのは、希少価値があるかどうかを判断する基準は、人間の心にあるということです。

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美しい貝を見つけて、価値を与えるということを改めて考えてみると、これは想像以上に深い意味があるはずだと、台北でのプロジェクトのあとも考え続けていました。そして、ここから先は歴史的な裏付けなどは全く無い、完全に僕の考えたことをレクチャーでは述べました。

何かを見て、美しい、もしくは珍しいと思い、価値を与えるという行為は、アートをつくることや、見ることの始まりなのではないか。つまり、自然貨幣の誕生とアートへの目覚めは、まさしく同期しているのだと自分は考えたのです。

突拍子もなく「お金をつくろう」という、一見ふざけたテーマを掲げているように見えて、実際は「アートとは何か?」という問いについて、真正面から子供たちと向き合おうと、このワークショップを企画していたのです。

後編につづきます。


作品制作のための取材をはじめ、アーティストとしての活動費に使わせていただきます。