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ものがたり

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クマと暮らせば

クマと暮らせば

うちにクマがやってきて1週間が経った。

近所のコンビニの前で出会ったクマ。
シロクマの絵がついた夏季限定マンゴー味のアイスがどうしても食べたかったのだそう。
買ってあげたら、そのまま家までついてきた。

レジでもらった木のスプーンでざっくざっくと力強く凍ったマンゴーを砕いて、豪快にアイスを食べたクマはとても満足そうだった。
お礼に子守唄を歌ってくれるという。

「わたし、もう大人なんだけどな..

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かはたれどき

かはたれどき

丘の上から見えたのは、砂と廃墟のような建物が一面に広がる小さな町だった。
子供の頃、ふざけて祖父の手を顕微鏡で覗き込んだときの景色を思い出した。ザラザラで、でこぼこしているけれど不思議な安らぎがある。

乾いた土地には今日も強い風が吹いている。
ヒマラヤ山脈の山あいには、風車がたくさん並んでいた。

風を受けて回転するプロペラ。かつては小麦を挽き、今は電気を生み出している。そして、その回転軸を改

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「宵宮」

「宵宮」

暗闇で水音が聞こえた気がした。

目を覚ますと、森の夜が始まるところであった。
身体の下敷きとなって蒸れた芝から、ムンと猛々しい生命の匂いがして顔を背ける。

傍に目をやると、藍色の空と一体となった川のほとりに女が一人。
見れば、小さな包みのようなものをひとつ川へ流している。

「なにをしているんだね」

そう尋ねると、女は私を見上げてただ微笑みを返しただけだった。

流れていく影をぼんやりと目で

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向こう側の景色

向こう側の景色

一緒に海を眺めていたら、言葉なんていらないのかもしれない。

平日の人影まばらなミュージアムカフェ。
義母とふたり、コーヒーを飲みながらふとそんなことを思った。

ガラスの向こうには、一面の海と大きな橋。
瀬戸内の海は、今日もおだやかだ。

「お母さん、その後体調はどうですか?」

そうたずねると、物静かな母は、ポツリポツリと自分の体のことを話し出す。

本州と四国をつなぐ瀬戸大橋の色はライトグレ

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眠れる森の雪

眠れる森の雪

「真っ白な代々木公園って見たことある?」

明治神宮へと続く大通り沿いのフルーツパーラー。
私たちが座る窓際の席からは、振袖姿の女の子たちが行き交う様子が見える。
それを愛おしそうに眺める彼女に、そう問いかけられた。
年に一度、こうして会うときの義姉は少し饒舌だ。

「私が二十歳の年の大晦日ね、東京は大雪だったの。
私、そのころ渋谷のデパートでアルバイトをしていてね。31日も遅番でシフトが入ってて

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