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向井秀徳の「自問自答」を聴いて

大学4年の2月、私は仙台から東京へと向かうバスの中にいた。大学のゼミの同期で、初日にディズニーシー、二日目に横浜と箱根に行く2泊3日の旅行へと向かう途中だった。4年間、散々遊んで笑い合った仲間でモラトリアムの最後の悪あがきだ。
他の友達が静かに寝息を立てる中、私は、カーテン閉めた窓を過ぎ去ってゆく高速道路の明かりを頬杖をついて眺めていた。それもそのはずである。私だけ就職先が決まっていないのだ。

就職の試験に落ちて、進路に悩んでいたところ、大学院の募集を見つけ、ダメ元で受けてみると、どうにか合格することができた。つまり4月からもまだまだ学生なのだ。大学院で研究したいことがあるとはいえ、このまま親のすねをかじって学生を続けてもいいのだろうか?

バスを降りると、静けさに包まれた5時半の新宿が広がっている。みんな疲れているはずなのに、なんだか楽しそうだ。4月から住む場所や、車を買うことなどの会話が聞こえてきて、新しく始まる生活に心躍らせているようだった。Googleマップを頼りに手頃な漫画喫茶を見つけ、それぞれが個室に入って、舞浜に行くまで時間を潰すことにした。

古びた椅子にドサッっと座って思った。
こんな心躍らない旅行でいいのか?

4年間、苦楽をともにしてきた仲間たちとの最後のひととき、しかもディズニーシーへ行くというのに…。
悶々として、電源の入っていない画面を見つめていた。やがて、何を思ったかYouTubeで「自問自答」と検索し、ヘッドホンを着けた。

出てきたのは、NUMBER GIRL、ZAZEN BOYSの向井秀徳さんの弾き語りの動画だった。

フィンガーピッキングで弾き出す穏やかなメロディーに淡々とラップのような歌詞を重ねていく、独特な演奏だった。

歌詞を聞いていると、「冷凍都市」という言葉がやたらと出てきた。東京のことを指しているのだが、地方出身者から見た東京のことをわずか4文字で表現するあたりに凄みを感じた。

「1回死んで寝て起きたら朝焼けの赤富士」

高速バスを降りてさっきまで見ていた景色を、まるで一緒に見ていたかのような歌詞にゾッとした。

「真っ黒けっけの朝五時半 頭ん中支配する この違和感」

まさに今の私だ。向井さん、そこにいるのか?
歌はさらに続く。

「分厚い大学ノートが 鉛色に染まっていく
精神が浄化していく錯覚 内臓が体操してとても乱雑」

試験に落ちてからというもの、恨みつらみを煮詰めたどす黒い感情の歌詞ばかりが浮かび、作詞用のノートを埋め尽くしていたここ3ヶ月の日々を思い出した。やり場のない怒り、そんなものを感じていた。
そして出てきた 

「繰り返される諸行無常」

一見、相反する言葉たちではあるが、目まぐるしい世の中の流行り廃りを向井節で表現した一言だ。
私は、ふと、こんなことを思った。
なんだか、私の人生の節目みたいだなあと…

私は、進学で大きな喜びを味わったことは一度もない。高校入試は、定員割れの推薦入試に合格した。大学は補欠合格、そして大学院の進学は、全く喜べていない。
そんなことの繰り返しだ。人生の節目に大きな感動はなく、淡々と進んでいく。

それでいいのだ。人生の節目に大きな感動はなくとも、別な形で感動が待っているかもしれない。就職のタイミングが周りと違っても、自分らしく咲ければ、それでいいじゃないか。

肩がフッと軽くなった気がした。
特に明るいわけでもない曲に励まされた、不思議な体験だった。




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