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魔法少女の系譜、その125~『王家の紋章』のアイシスは、悪役令嬢か?~


 今回も、前回に続き、『王家の紋章』を取り上げます。
 前回、『王家の紋章』のサブヒロインであるアイシスが、二〇二〇年現在のウェブ小説で人気の「悪役令嬢」に当たるという話をしましたね。これについて、もう少し、掘り下げてみます。

 二〇二〇年現在、娯楽作品の中での「悪役令嬢」と「魔法少女」とは、イコールではありません。魔法の力を持つ悪役令嬢もいれば、持たない悪役令嬢もいます。
 しかし、魔法少女の歴史を考える上で、「悪役令嬢」が、一つの鍵になる気がしています。そのため、少し詳しく分析してみることにしました。

 少女漫画の中には、古くから、アイシスのような「悪役令嬢」が存在しました。ヒロインのライバルとなり、さまざまな形で、ヒロインの邪魔をする女性です。
 少女漫画では―とりわけ、一九七〇年代以前の少女漫画では―、恋愛が主なテーマなので、「悪役令嬢」は、ヒロインの恋敵であることが多いです。アイシスも、そうですね。

 ところが、「悪役令嬢」という言葉ができたのは、歴史的には、ごく最近です。おそらく、二〇一三年(平成二十五年)以降です。
 それまで、「悪役令嬢」のキャラクターは、星の数ほどいましたが、彼女たちをぴったり表わす言葉は、ありませんでした。現象だけあって、それを指す言葉がない状態でした。

 二〇一三年(平成二十五年)に、「悪役令嬢」という概念を浮き彫りにする作品が、発表されました。小説投稿サイト「小説家になろう」に投稿された『謙虚、堅実をモットーに生きております!』―以下、『謙虚』と略します―です。
 二〇二〇年現在、「悪役令嬢」という言葉で思い浮かべられる概念は、この作品が作ったと言えるでしょう。

 『謙虚』の主人公は、吉祥院麗華【きっしょういん れいか】という女子高校生です。名前からして、いかにもお金持ちのお嬢さまですね。名前のイメージどおり、彼女は、名門の私立学校に、初等科(小学校)から通うお嬢さまです。
 けれども、彼女には秘密がありました。彼女には、前世の記憶があるのです。
 前世では、彼女は、現代日本の庶民の女の子でした。家柄も外見も学校の成績も、家庭の収入も、ごく平凡な「普通の子」でした。そして、前世の彼女が読んでいた『君は僕のdolce【ドルチェ】』―略称は『君ドル』―という少女漫画の世界に、自分が転生してきたことに気づきました。
 ただし、漫画のヒロインではなく、ヒロインをいじめ抜く悪役として。

 漫画の中の吉祥院麗華は、「皇帝」と呼ばれるお金持ちのお坊ちゃま、鏑木雅哉【かぶらぎ まさや】に惚れています。雅哉は、もちろん、麗華と同じ名門学校に、初等科から通学しています。
 『君ドル』の漫画は、本来のヒロインが、名門学校の高等科に進学してくるところから始まります。ヒロインの名前は、高道若葉【たかみち わかば】といいます。
 若葉は、庶民なので、名門学校の校風になかなか馴染めません。ですが、けなげにがんばる彼女と、雅哉とが惹かれ合い、あまたの苦労を退けて、最後には結ばれます。
 そうなるまでに、麗華が、若葉を壮絶にいじめます。親のコネと財力とを使って、雅哉と婚約するところまで、こぎ着けます。
 しかし、最後に、みんなの目の前で、麗華は、雅哉に婚約を破棄されます。雅哉は、若葉との婚約を発表します。そのうえ、麗華の父親の不正が暴かれて、麗華の家は、まるごと没落します。
 漫画の中の麗華は、家柄やお金持ちであることを笠に着る、とても嫌なやつでした。そんな彼女がこてんぱんにやられるのを見て、読者は、喜ぶわけです。

 前世の「麗華」も、もちろん、喜びました。
 しかし、自分が「麗華」に生まれ変わってしまったとなったら、喜べるはずがありません。没落が約束された未来なんて、誰だって、嫌ですよね。

 そこで、生まれ変わってきた「麗華」は、自分の行動を変えて、運命を変えようとします。漫画の中のような、高飛車で嫌なやつではなく、謙虚に、堅実に生きようとします。前世の庶民だった頃の記憶が残っているため、「麗華」にとっては、それは、苦痛ではありません。
 「麗華」は、雅哉に惚れているわけでもないので、彼にはなるべく関わるまいとします。高等科に進学してきたヒロインの若葉も、いじめたりせず、むしろ、応援します。
 ところが、この世界では、「吉祥院麗華が悪役」と決まっているためか、麗華の努力は、そう簡単には、実を結びません。さて、麗華の運命やいかに。

 というのが、『謙虚』の概要です。
 この作品は、「なろう」で、たいへんな人気を呼びました。連載約二か月にして、累計ランキングトップ10入りしたほどです。
 残念ながら、この作品は、途中で更新が止まっています。完結していません。そのためか、書籍化はされていません。漫画化などのメディアミックスも、一切されていません。

 『謙虚』では、直接、「悪役令嬢」という言葉は、使われていませんでした。
 しかし、『謙虚』が大人気になったために、「悪役令嬢」という存在が可視化されました。似たような後続作品が、主に「なろう」で、大量に生まれました。
 その中で、自然発生的に、「悪役令嬢」という言葉が生まれたのだと思います。

 「悪役令嬢」という言葉を普及させるのに、大きく寄与したのは、『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』―略称、『はめふら』―でしょう。前回に、紹介しましたね。
 『はめふら』も、「なろう」で連載された小説です。二〇一四年(平成二十六年)から、連載が始まりました。『謙虚』の連載が始まった翌年ですね。
 この作品も、人気になりました。『謙虚』と違って、書籍化、漫画化と、とんとん進み、二〇二〇年四月現在は、アニメも放映されています。
 この作品は、題名に、はっきり「悪役令嬢」と謳われています。このおかげで、「悪役令嬢」という言葉が、定着したと考えられます。

 ここで、読者の方々は、気づかれたでしょう。『謙虚』と『はめふら』との違いに。
 『謙虚』で、悪役令嬢が転生してきたのは、少女漫画の世界でした。それが、『はめふら』では、乙女ゲームの世界になっています。

 じつは、現実の乙女ゲームには、「悪役令嬢」が登場する作品は、極めて少ないです。非常に例外的な存在です。
 なので、「悪役令嬢もの」に登場する「乙女ゲーム」は、ほぼ、架空の存在といえます。「現代日本にそっくりだけど、そういう乙女ゲームが存在する、ちょっとだけ異世界」が、「悪役令嬢もの」の世界です。

 おそらく、これは、少女漫画からの類推で、「そういう乙女ゲームがある」ことにしたのでしょう。
 何回も書いていますとおり、少女漫画の世界には、昔から、星の数ほどの悪役令嬢が登場します。ヒロインをいじめ抜く、性格が悪いお嬢さまですね。
 「悪役令嬢」という言葉は存在しなくても、そのテンプレートは、多くの人の心に、しっかりと出来上がっていました。
 だからこそ、『謙虚』が人気を呼んだのでしょう。「あるある、こういうキャラクター、いる!」と思わなければ、楽しみにくい作品のはずです。

 「悪役令嬢」のテンプレートが作られるのに、大きく貢献したと考えられるのが、『王家の紋章』のアイシスです。
 上記の『謙虚』の概要を、読み返してみて下さい。少女漫画『君ドル』の中の「吉祥院麗華」は、「アイシス」と似ていると思いませんか?

 麗華は、小学校から私立の名門に通っている、生粋のお嬢さまです。
 アイシスは、古代エジプトの王族に生まれ、下エジプトの女王と呼ばれる、高貴な女性です。
 麗華は、家柄やお金持ちであることを鼻にかける嫌なやつで、庶民の若葉を徹底的に排除しようとします。
 アイシスは、王族であることに誇りを持ち、気性が激しく、異国人のキャロルを、何度も殺そうとします。
 麗華は、小学生の頃から、鏑木雅哉のことがずっと好きで、婚約までこぎ着けます。なのに、高校から入学してきた若葉に彼を奪われ、婚約破棄されます。
 アイシスも、幼い頃から、メンフィスが好きでした。彼の婚約者になりますが、突然やってきたキャロルに彼を奪われ、婚約破棄されます。

 ね、そっくりですよね?

 これは、『謙虚』の作者さんが、直接、『王家の紋章』を読んでいることを、意味しません。
 『謙虚』が書かれる頃には、既に、このような「悪役令嬢」は、テンプレート化していました。「悪役令嬢」という言葉がなくても。
 少女漫画の中には、アイシスと似た「悪役令嬢」を、数えきれないほど見つけることができます。『謙虚』の作者さんの中にも、それらは、「お約束」として、沁みついていたでしょう。
 その「お約束」を踏まえて、『謙虚』が書かれたのだと思います。

 「悪役令嬢」テンプレートの源流に位置する一人が、アイシスです。昭和五十一年(一九七六年)、今から四十年以上も前に、生まれたキャラクターですからね。
 「悪役令嬢」が、なぜ、悪役「令嬢」なのかといえば、そういうキャラクターは、まず間違いなく、身分の高い女性だからです。現代日本が舞台であれば、お金持ちのお嬢さま、異世界や古代世界が舞台であれば、貴族や王族の女性となります。

 昔ながらの少女漫画で、悪役「令嬢」のキャラは、多くの人が、一人や二人、思い浮かぶでしょう。でも、悪役「庶民の女性」は、あまり思いつかないのではないでしょうか。少なくとも、テンプレート化するほどは、いませんよね。
 だいたい、庶民なのは、ヒロインのほうですよね。お金がなくて、苦労することの多いヒロインが、お金の力にものを言わせるお嬢さまに、いじめられます。それが、最後には、ヒロインが成功して、好きな男性とも結ばれて、悪役「令嬢」にぎゃふんと言わせるから、すっきりするんですよね。
 読者は、間違いなく、庶民のほうが多いです。おおぜいの読者にウケるためには、庶民にウケるものを書くべきですね。ということで、正ヒロインが貧乏人、悪役が「令嬢」となります。正統派お目々きらきら少女漫画は、こうでなくては(笑)

 『王家の紋章』は、正統派お目々きらきら少女漫画ですが、正ヒロインのキャロルのほうもお嬢さま、という点が、テンプレートから外れていますね。
 これは、主な舞台が、古代エジプトという異世界だからでしょう。キャロルは、古代エジプトでは、得体の知れない「異類」です。現代でお嬢さまであることなんて、古代エジプトでは、何の役にも立ちません。

 対して、アイシスは、堂々たる古代エジプトの王族です。アイシスにとってのホームで戦えば、キャロルより、よほど有利なはずです。
 しかも、彼女は、絶世の美女であり、魔術の達人でもあります。自分の美貌や魔術の能力を使いまくって、キャロルを亡き者にしようと謀ります。
 普通に考えたら、キャロルが謀殺されて終わりですよね。そうならないのは、物語の正ヒロインだからです。二〇二〇年現在の言葉で言う「主人公補正」です(笑)

 一九七〇年代には、「悪役令嬢」と同じく、「主人公補正」という言葉も、存在しませんでした。でも、現象自体は、ありました。
 アイシスが「悪役令嬢」の源流であるように、キャロルは、「主人公補正」の強い主人公の源流の一人です。二〇二〇年現在、よく使われる概念のテンプレートを、まさに作ったキャラクターの一人です。四十年以上前に。

 ここまで、「悪役令嬢」や「主人公補正」について、長々と書いてきました。
 なぜ、こんなことを書いたのかと言えば、『王家の紋章』という古い―けれども、現役の―作品が、二〇二〇年現在の作品とつながっていることを、理解して欲しかったからです。「なろう」小説などで多用されるテンプレートの多くが、四十年以上前、『王家の紋章』によって、作られていました。

 少女漫画の「お約束」の多くが、『王家の紋章』に登場します。それらをお約束として、さらにその先を行こうとする作品を楽しめるのは、土台となる『王家の紋章』のような作品があったからです。
 また、『王家の紋章』に登場して、二〇二〇年現在の「なろう」小説にも登場する要素は、間違いなく、多くの人にとって、面白い要素です。四十年以上もの時に磨かれてきたものが、面白くないはずがありません。
 『王家の紋章』は、決して、古くさいだけの作品ではありません。

 今回は、ここまでとします。
 次回も、『王家の紋章』を取り上げます。



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