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season7-3 黒影紳士 〜「手向菊の水光線」〜🎩第六章 生命の翼


さぁ、ラストスパートお待たせ♪
ちょっとだけ延長戦の第六章



第六章 生命の翼

 「風柳さん……」
「……ああ、分かってる」
 湖にせめて二人の願いを叶えてやろうと辿り着くと、黒影は風柳に声を掛けた。
 風柳は黒影に言われた、自害の可能性の話を思い出し、黒影の目を見てゆっくり頷いた。
 サダノブが暁春を、風柳がデュランテ医師の腕を握り、警戒はしている。
 ただ、黙祷をしたいと言うのでその時は離してやらねばとは思っていた。
 これだけ、居るんだ……まぁ、大丈夫だろう。
 黒影は能力者が揃って助けようとしているのだから、自害する方が難しいだろうと、二人の静かな黙祷を見守っていた。
 暫しの別れ……少し長く感じても其々の想いがあるのだ。仕方あるまい。……そう思い、黒影は視線を揺波のご遺体があった場所に飛ばす。
 菊の花が揺れている。灘らかな風に揺れ……色褪せる事もなく、光を受けた漣の中を……揺ら揺らと……。
 美しい光景であった。まるで其処だけが天国の様にも思えた。……が、
 次の瞬間、黒影はこの景色に途轍も無い真実に気付き、瞳を真っ赤に変える。

挿し絵 真実の目が見た物


 其れと同時にサダノブを突き飛ばし、暁春が橋桁を走り出したのだ。

 ――拙い!飛び込む気だ!

「十方位鳳連斬……解陣!」
 黒影は咄嗟に鳳凰の翼を出す為、鳳凰陣を展開させると、足場を蹴り飛んだ。
 サダノブは飛ばされたが咄嗟に狛犬になって、湖への落下は避けられた様だが、水掻きでは追い付く訳も無い。
 氷で湖を凍らせても、飛び込む勢いで骨折させてしまうかも知れない。

 ……そうだ。だからなんだよ……。

 黒影はその時奇しくも悟った気がした。
 何故「安楽死」が救いでもあり、存在させたくないものでもあるかを。

 ……死んでも尚……人は……
 こんなにも伝えたいと……願ってしまうじゃないか。
 ……今、伝えたい事がある。
 ……死にたがる君に。

「間に合え――っ!!」
 水の中に入られては厄介だ。
 黒影は暁春が踏み切った先に突っ込んで行き、その姿を気付けば抱えていた。
 我武者羅な一刹那の瞬間だった。だから何も覚えていない。
 ただ、そんな簡単に死んで欲しくないと思ってしまった。
 この先にどんなに辛い現実が待っていても。

「……何で……」

 暁春は自害を止められ、項垂れて力無く呟いた。
「君に聞きたい事が未だあった。其れだけと言う我儘かも知れない。」

 橋桁に戻り、黒影は暁春の腕を離さなかった。
 暁春の目に真っ赤に揺らぎ金の火の粉を散らしては湖に星の様に輝き落とす、黒影の翼が見える。
 翼の下方には揺ら揺らと8本の長い孔雀の尾が広がり風に遊ぶ様に揺れる。
 強さと優しさを持つその炎が創り出す光に言葉を失った。

 黒影は暁春に聞いた。
「デュランテ医師は如何やって揺波さんを「安楽死」させた?僕が見るに、医療処置の跡は無かったし、未だ報告されていない。毒物、薬物の過剰摂取か何かかな……。もしかして……此れはあくまでも仮説だが、僕の様な翼がデュランテ医師にも無かったかな?」
 と。
「……あった。……確かに。だから、デュランテ医師は苦しまないで死なせるから安心してと、僕に言ったんだ」
 暁春のその言葉を聞いて、黒影は直ぐに警戒し、
「サダノブ!風柳さんとデュランテ医師を見張れ!」
 と、指示する。
 サダノブはまさか翼持ちの能力者が!?と、そんな強い者に如何立ち向かえと言うのかさえ分からなかったが、黒影と大差ないと心に決め、風柳の隣へ行く。
「デュランテ医師……。貴方がもしも人の命を奪う能力者でり翼を持つのであれば、即ちあの有り余る力を吸う大地「正義崩壊域」から「黒影紳士」の世界へ来た人類だと思うのだが、相違無いですか?」
 黒影は臆する事無く、事実を確かめる。
 真実を知りたがる真実の目の影響で、知りたい物に関しては恐怖心すら感じず、貪欲に求める癖があるのだ。
 此処で暴れられたら……と、サダノブと風柳に緊張感が走る。
 けれどデュランテ医師は思ったよりも冷静だった。
「……ああ。そうだ。正義崩壊域では医療もこの世界よりずっと進んでいた。正義崩壊域が崩壊の一途を辿った時も、私は医者だった。人々は大気に狂い、命を蔑ろにした。自分が生きるだけで精一杯なんだ、あの世界は。自分でさえ……守れず死んで行く。私は限界まではあの世界にいた。然し、もう自分が駄目になると気付いた時、私は……多くの自分に縋って来る手を振り解いてこの世界に逃げて来た」
 「黒影紳士」の世界に辿り着く迄の経緯を話したデュランテ医師は、人では無い様な、何処か正気の無い目で揺らぐ菊を見詰めていた。
 人が人の心を失う程の惨劇が在ったのだろう。後から黒影が見ても地獄だった。
 あの地獄の渦中にいたならば、思い出しただけでそんな風に成っても無理はない。
「じゃあ、子供を攫ったりも?……少なくとも、貴方は医者何ですよね?」
 黒影はまさか其れには加担していまいと聞いた。
 だが、返事は黒影を納得させてくれる物ではなかった。
「加担するつもりは無かった。然し、生き残った僅かな我々の同胞は、其れしかもう道が無いと……。私も考えたのだよ!このまま此の世界で暮らしても良いじゃないかと、打診もした!然し、知らない世界で急に技術全体が下がった世界に、我々の居場所なんて無かった。現に「安楽死」は、もしも正義崩壊域が現存していたならば、半分以上は治癒出来る程だ。便利さを知った人間が、突然原始時代に住む様な物だぞ?私は上手く此の世界でも立ち回れたが、他は違った。
 プライドもあれば、祖国を捨てるのかとさえ私に言った者もいる。ただでさえ、私は此の世界に来る前に、差し伸べられた手を捨てた。祖国を捨てたと言われた時、その伸ばされた沢山の手が、私の首を締め付ける様だった。……だから、「安楽死」を望む子供の中で翼を持つ子供を見付ければ、同胞に渡した。我々の技術で治癒出来る範囲であればな」
 と、デュランテ医師は説明した。
「……仕方なかった……だから当然だとでも言いたいんですか……」
 黒影は暁春の腕を握っていない、空いた手を拳にし、震わせた。
「……そうだ。そうじゃなければこの理不尽を何と呼ぶ!?正義崩壊域の破滅を如何捉えれば良いと言うのだ。仕方無い……他に一体何があると言う!」

 ……デュランテ医師が言う事は、間違っちゃいない。
 間違いでは無い。……だが、僕は其れを肯定したくはない。
 ……はい、そうですね。だ、なんて……口が裂けても今……言いたく無い。
「……仕方無いで……終わるなよ。そんな情けない人間になるなよ。……仕方無いからなんだ。仕方無いから足掻くんだろう?其れが生きるって事じゃないか!
 病も、この世の不幸の何もかもが起きても足掻く事が、生きているって意味なんだよ!其の捨てたと言う差し伸べられた手は、正義崩壊域での「安楽死」を求める手だった。貴方の能力が生命力を奪う事ならば、そう言う事ですよね?貴方は其処で既に、そんなのは嫌だと捨てた筈じゃないですか!「安楽死」に関わる事を。それどころか、子供達まで……。良いですか!貴方の傲慢迄もが、「仕方無い」で済まされる事等無いのですよ!……何故、暁春を止めなかったんです!貴方が出来た事だ。自分しか出来ない事も放棄して「仕方無い」等とは言わせない!祖国がなんです?!一度裏切ったならば二度裏切るも同じ事。貴方ですよ!貴方自身が自分のプライドを保つ為に、貴方が選び子供を受け渡したんだ。誰かの所為にするんじゃない!」
 黒影はその瞳の奥に炎を揺らがせ、殺気立ち言った。鳳凰の翼が命を粗末に扱う怒りにバサっと大きな音を立てて広がる。
 一触即発とは此の事を言いのだろう。
「先輩!幾らなんでも生命力を奪うんですよ、其奴!相手が悪過ぎますって、落ち着いて、落ち着いて下さい!」
 サダノブが、今にも怒りで攻撃しそうな黒影を止めようとする。
「黙って……られないんだよ。僕が此処で黙っても、鳳凰の魂が許せないと言っているんだ!」
 黒影がそう言うと、先程慌てて展開した鳳凰陣も、火柱を上げる様に燃え上がっているではないか。
 守護であるサダノブにもヒシヒシと伝わる。
 それでも……じゃあ、苦痛だけだと分かった人は救われないのだろうか?
 サダノブはそんな事をその立ち上る炎を見て思うのだ。
「貴方が浮かべた菊の花……日本ではどんな意味か分からないのでしょう?」
 黒影は唐突にそんな事をデュランテ医師に聞いた。
「え?……一体……」
 デュランテ医師も真っ白な触手がある翼を広げて臨戦体制に入っていたが、その問いに何の事かと立ち尽くす。
「綺麗ですね……。彩り豊かだととても分からない。貴方は揺波さんに、最後にせめてと花を贈りたかった。其の時、庭に生えていた菊に目がとまる。揺波さん……其の花を見ても何も言わなかったのですね。暁春も……黙っていた。もう、花を大量に買う金も持ち合わせていなかったから。ポストに沢山、滞納書が入っていました。虚しいですね……。未だ生きていたのに、其の花しか選べなかった。二人は止めなかった。……其れ……菊は、日本では葬式や仏壇にお供えする「仏花」です。それを知らずに貴方は……。揺波さんのご遺体の下にボートで持ち手の穴にロープと菊の花の束を茎を固定し、沈めたのです。後はロープを引くだけで、茎だけが穴を通りその時花が千切れて浮く。残った茎はロープに固定してあるのだから、そのまま引き上げるだけで良かった。……揺波さんを乗せたボートには元から菊が詰められており、彼女を其処に横たわらせ、静かに息を引き取らせた。それならば監視カメラにも映らない短時間で菊の花を大量に浮かべる事が出来た訳です。タイミングは、車で監視カメラ映像をジャックし待機していた、暁春に無線で知らせて貰った。何故、将来もある若き暁春まで巻き込んだのです?暁春は揺波さんを殺したくは無かったのですよ?自殺幇助の罪に問われます。死体遺棄に、田沼 慶樹殺人未遂……。決して軽い罪ではありません。此処は日本です。日本には日本の法がある!法は一般的模範から出来ている。日本では未だ、「安楽死」は一般的模範では無いのです。郷は豪に従えと言うでは無いですか。どの国も法が違うのは、その土地の人々が決め、守る為にあるのです。此処は貴方の祖国では無い!絵画の「オフィーリア」の様に美しい死にでもしたかったですか?そんな美しい「死」なんてあるのでしょうか。……誰もが痛く無くて、苦しく無い、美しい「死」を望みます。けれど、必ずしもそう成るとは限らないないものです。誰もが意識したくないだけで、「死」への見知らぬ恐怖を持って生きているのではないでしょうか。菊を仏花だと知らなかった関係者は、スイスから来たデュランテ医師……貴方しかいません。貴方が実行犯です」
 黒影が「仏花」について話すと、デュランテ医師は明らかに動揺していた。
 暁春を見たが暁春は目を逸らす様に俯いた。
 言いたくても、言えなかった。其れでも、せめて何か花でもと思ってくれたデュランテ医師の事を、有難いと思えた。
 揺波もまた、布団から庭を見ると、デュランテ医師が額に汗を滲ませ菊を集める姿に、何も言えなかったのだ。
 其れでも、あんなに美しい彩りの花に囲まれ終われる人生ならばと受け入れた。……誰もが生まれてから死へ歩む。誰が菊を仏花にしたんだろう。こんなに……綺麗なのに。

 デュランテ医師はその場に力無く崩れた。
 何も伝えず逝ってしまった揺波……。
「……今、こう思いませんか。揺波さんに……。違う花を捧げたかったと、後悔に謝罪したくなりませんか。……其れでももういないんです。デュランテ医師……貴方が、「安楽死」させてしまったが故に。僕には「安楽死」と言う制度が、正しいのか、正しくないのかは分かりません。ただ、一秒……もし、一秒あるのならば、世界はがらりと変わるのです。一秒の知らせも無く戦争が始まり、一秒で停戦する様に。一秒で伝えられる事も、変えられる事も出来る。貴方の削った一秒の重さを知って下さい。

 ……人生は……そんな一秒の積み重ねで繋がる時間で出来ています……」

 黒影は頽れたデュランテ医師にもう戦意は無いと知ると、暁春の腕を離し、両肩に手を当て目をしっかり見て言った。
「……暁春……落ち着いて聞いてくれ。……僕はさっき、此の湖の菊を見て気付いてしまった。菊に雨も降っていないのに水滴が輝いている。其れに、僕には鳳凰が宿っているが、咄嗟に翼を出す為に簡単な略経で姿を変えた筈なんだ。……けれど、ほら……孔雀の尾や翼の先から金色の火の粉が舞っている。此の翼は鳳凰の最終奥義を出せる最終形態なんだ。其れで確信した。君達は似て否なる者だから、親友になれたんだ。……鳳凰は朱雀とも呼ばれるが、見えるんだ。此の姿の僕には……」
 そう言って黒影は言葉を濁らせ、瞳の下に一線の揺れる光を纏わせた。
 潤んだ瞳に、悔しさが滲み出ている。

挿し絵 見えぬ小さな翼


「姿って……」
 暁春はそう言われても何の事か分からず、苦しそうではあったが、黒影の話をもっと聞きたいと思った。
「あるんだ……あるんだよ。君にも翼が。鳳凰最終形態でなくては気付け無かった翼だ。……君は……「生命力を与える能力者だ」……今頃気付くなんて……。……揺波さんが生きている頃に気付いていれば――っ!」
 黒影は悔しさに、下唇を軽く噛んだ。
 例え痛くても……彼女さえ諦めなければ、もっと長く生きられたかも知れないのだ。此の生命力を与える翼がもし、もっと成長したならば、彼女の痛みを和らげる事が出来たかも知れない。
「生命力……を?……僕が?」
 そう、能力者は殆ど自分の力に気づかない。攻撃的なものや、視覚的に何か出ない能力に関しては特にだ。
 黒影が始め予知夢を見ている気がしても、ニュースを聞いたとて唯の偶然としか思えなかった様に。
「そうだ。朱雀は蘇生も司ると言うが、命が絶えてしまえば其れも無意味だ。だが、命を司る限りは生命力の高さに反応する。普通の鳳凰の翼が、最終形態になったのは、君が無意識に流している生命力を感じ取ったからだ。
 それに菊の花が沈んでいない。とっくにご遺体は引き上げた。雫が在るのは一度波風に沈んだから。しかし、暁春が再び現れ、生命力を受けて、また浮き上がり花弁を生き生きと蘇生したんだ。僕は、デュランテ医師に暁春を止めて欲しかった。もし、二人が揺波を本気で助けようとするならば。そして揺波さんにも、諦めないで欲しかった。どんなに辛い境遇の今日でも、暁春から其れでも希望を与えてやって欲しかった。彼女だって、最後まで生きたかったんじゃないのか?病に侵され乍らも、病の無い人生に憧れ、生きたいと他の誰よりも、痛みが走る度に思っていたのではないか?
 暁春……残念だけれど、君が何時か救えたかも知れない揺波さんはもういない。……人の時間を削るとはそう言う事なんだ。それだけは、法が変わっても、忘れないでくれ。」

 ……どんな世界で……どんな人類でも……時と共に生きている。
 ……一秒を積み重ねる日々に……感謝して。

 あの温厚な鳳凰が嘆き憤ったのは、其れを粗末にしたからに違いない。

 ――――――――――
 デュランテ医師は暫くしてゆっくり立ち上がり、風柳の車で連行される時、一度湖を振り返ってこう言った。
 ずっと隠れた生活を望んだのは、何処かで「人の一秒の最後断つ」……そんな仕事や誘拐の引き渡し等と言う現実から逃げたかったのかも知れない。
「安楽死」したかったのは、彼の方ではないかと今は思う。
 日常に潜む「死にたい」と言う願望は、何秒積もれば「安楽死」になるのだろう。
 黒影はそれでも、デュランテ医師のその時発した言葉に小さな希望を願った。

「……何て美しい菊の湖か。……なんて……なんて……漣の引く太陽の輝きの一線は……生命力に満ち溢れている事か……。

 ……この光を……今はいない……揺波に見せてやりたかった……」

挿し絵 「君がいた筈の未来を映す水光線」



 ――手向け菊の水光線――

 おわり。

 ……ですが、黒影紳士は未だ未だ続きま〜す🎩🌹


次の幕↓黒影紳士season7-4はこちら↓

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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。