石井暁氏の『自衛隊の闇組織』を読む(3)調査報道の進め方

3)調査報道の取材の方法論

▼石井暁氏が一人で始めた取材だが、一人ではとても記事化には至らなかったという。最大の相棒はデスク役を務めた中村毅氏だった。〈今回のような調査報道的手法での取材の場合、たった一人でやっていると、孤立、挫折してしまう可能性も高い。取材、執筆に対するハレーションに恐怖を感じることもあったが、中村という存在のおかげで押しつぶされずにすんだ。困難で長い時間がかかる取材テーマを1本の記事として完成させるために、中村のような伴走者は、極めて重要だと思っている。〉(41-42頁)

▼決定的な証言をとるために、彼らは「統合幕僚長」「情報本部長」「陸上幕僚長」「陸上幕僚副長」「運用支援・情報部長」「情報課長」の現役と歴代OBに狙いを絞る。やることは、地味極まりない。たとえば〈さまざまな名簿などを基にリストアップし、取材を開始した。知己なら電話を入れてアポを取る。住所を調べて自宅を訪ねる。面識がない人なら知人に紹介を依頼する。手紙を書いて面談を求める……ありとあらゆる手段を駆使した。〉という。(107頁)

▼決定的な証言がとれる可能性がある場合、ICレコーダーで録音するかどうか、という普遍的な問題にも触れている。万能のマニュアルのようなものはない。こっそり録音していると、相手が凄腕の場合、見抜かれてしまうそうだ。

2013年7月16日、石井氏は情報本部長経験者から極めて重要な証言を聞くことができた。その時の記録方法も、とてもシンプルなものだ。興味のある人はぜひ本書で確かめてほしい。(144-147頁)

▼そして、それで終わりではない。河原仁志氏、出口修氏という二人の編集局次長が担当の局デスクになり、4人で徹底的に記事を練っていく。〈一番大事な中心となる原稿である「本記」、「解説」、情報本部長経験者の一問一答、陸上幕僚長経験者の一問一答、資料写真、図解などを一通り揃えることができたのは、11月15日だった。〉(153-154頁)

さらに、扱っている内容が内容だけに、「防衛省、自衛隊に対して事前通告すべきか」「するならどのタイミングか」を検討しなければならない。石井氏が防衛省の事務方トップである防衛事務次官、そして陸上自衛隊トップの陸上幕僚長に通告したのは11月19日だった。この事前通告は、のちに防衛省から感謝されたそうだ。

こうした調査報道の戦いを読むと、日本社会では調査報道がどんどんやりづらくなっているのだろうことを想像する。具体的には、自衛隊「別班」の報道は特定秘密保護法が成立した後なら不可能だった。

とはいえ、調査報道を豊かにするためには、これは「国家」の側の問題というよりも、「社会」の側の問題だと考えたほうが明らかに価値的だ。優れた報道を支えるのはエリートが運営する国家ではなく、ふつうの人々が属する社会だからだ。(つづく)

(2018年12月10日)

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