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「命」は果たして大自然からの贈り物なのだろうか?

世間は声高に



「尊い命は大自然からの贈り物です!」

世間でよく聞くセリフ

と叫びます。



さて、ところで

「何か妊娠しないなあ」

世間の陰で沢山の方々がつぶやく

と感じ始めると、婦人科へ赴き、不妊治療を受けることになります。先ずは、血液採取から排卵日時を予想し

「その日時に仲良しして下さい」

医者のセリフ

と医者に言われます。どんなに気まずい雰囲気で、どんなに険悪なムードだったとしても、その日時だけは

仲良し


にならざるを得ないのです。

まるで、毎月毎月大学受験を受けているような感覚に陥ります。

受かればそれでおしまいですが、受験に失敗すると、また来月受験を受けなければなりません。

受験失敗が何回も続き、

「このままではダメなのではないか」

世間の陰で沢山の人がつぶやく


と感じ始めた段階で、人工授精の段階に進みます。

女性の排卵予定日時に、男の方が無理矢理出し、それを専用カップに入れ、アルミホイルで包み、病院へ持っていきます。機械を使って濃度を濃くし、女性の体に注入します。

こういった経験を経ると、思い至ることがあります。



一体これのどこが大自然の賜物なのだろうか?

『終わりがみえない精神の戦い』の方が近い。



妻がうつ病にかかったことがきっかけとなり、私たちは運よくこの段階で終われましたが、

「もしきっかけがなかったら、このままズルズルと引きずって終われなかったんだろうなー」

世間の陰で私がつぶやく

と、つくづく感慨にふけってしまいます。

最終段階の体外受精となると、気力、体力、お金、時間、全てが桁違いの労力になります。


私自身、最終段階まで進んだ方々を心から尊敬しております。