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【note6.個々人が幸せになる方法について、バカなりに考えてみた その3】

この「冴え貧」シリーズは本来、貧者のサバイブのためのライフハックやマイクロビジネスネタを扱うマガジンなのですが、サバイブし続けることができず、志半ばに散っていった人たちについて、今回はお話しようと思います。

【サバイバーになりました】

今年(2019年)1月9日、10年近く一緒に仕事をしてきた、上司(部長)であった人が変死体で発見されました。

かつての僕の上役で変死で亡くなった人は、実は初めてではないです。
同じチームの先輩(主任)だった人も、購入したばかりの自宅マンションで変死体で発見されました。
遺体からは薬物反応があったそうです。

ふたりとも、同じ職場の同じチームの、トップとNo.2でした。
もうひとり、年下の先輩社員がいて、4人体制のチームでした。
4人のうち2人は亡くなり、もうひとりは実家へ帰り、僕だけが残りました。

【彼らはなぜ助からなかったのか】

二人に共通していたのは

①親兄弟や親戚と疎遠だった
②友人がいない
③SNS等での人のつながりもなし
④身の丈にあわない家に住んでいた
⑤趣味がなかった
⑥プライドが高く、それでいてコミュニケーション力に難があった

ということでした。

二人共実家を離れて連絡すら取り合っていない状態が10年以上続いており、話を聞く限り、心を許せる友達のような存在(利害関係でつながる人はいた)もおらず、未婚で、お付き合いをしている相手などもいなかったようです。SNSの類は忌避しており、一切やっていませんでした。
そして、部長氏は収入の60%くらいの賃料の高級賃貸マンションに、主任氏は転職直後(チーム全員で他の会社に引き抜いてもらった)のタイミングで新築マンションを購入していました。

二人共、死に至った直接の理由は、職を失って経済的に困窮したからですが、親兄弟との縁が良好なものであれば、そちらに身を寄せるという方法も取れたかもしれません。あるいは、信頼のおける友人がいたとすれば、頭を下げるということも。
なにより、公的な支援に頼ることを先ず第一に考えてもよかったはずです。

リアルの交友関係でなくても、SNSでのつながりでいろんな方々からご支援を受けるという方法もとり得ることは、僕自身も経験しました。
しかし、自惚れのような言い方になってしまいますが、この方法は、平時にたくさんの「信用」を積んでおく必要があると思います。
前回・今回とご支援くださった方々は、「どこかの誰か」ではなく 「OZZY-ZOWプロジェクトのOZZYさん(とそのおよめさま)」だからこそ、ご支援いただけたのだと思っています。
お金のような直接的なものではないけれど、「何か」を、皆様にお渡しできていたのかな、と、少し自惚れてもいます。
また、趣味の世界があれば、そこから人と人とのつながりが生まれることがありますが、それらのものが一切なしに、人とのつながりを作るのは、なかなかにハードルの高いことです。

いずれにしても、縁がつながっていることは当然として、そこで「たすけてくれ」と口に出せる勇気と、ある種のプライドを捨てる勇気も必要だったりします。
自分が「コケてしまった」、「落っこちてしまった」ことを、認めざるを得なくなります。
認めることができてからでないと、このフェイズには至れません。
これが簡単ではないことは、僕自身が経験して理解しています。「言う勇気」だけでなく「落ちた自分」を開示する勇気でもあり、そうなってしまった経緯と現在の状況を説明するだけで、自己肯定感がゴリゴリと削られ、自分の状況を再確認させられることで、鬱々とした気持ちが戻ってきます。
助けを求めるというのは、じつはとてもしんどいことです。
だからこそ、元気の残っている段階でないと、助けをもとめられないんです。

二人はそのパワーを失うところまで落ちてしまったのかもしれません。
あるいは、適切な支援に結びつけてくれる誰かや一時的にでも救ってくれる誰かがいなかったのかもしれませんし、プライドに殉じたのかもしれません。

いずれにしても、自分の生にしがみつく理由を、どこかの段階でなくしてしまったのだと思います。

【人を救うのは人】

リストラが決まってから離職まで、部長は面接に東奔西走していたようです。
どこにもかすりもしなかったようで、僕に何度か愚痴っていました。
会社都合ということで、50万円程度の退職金をなんとか出してもらった(前々職の会社には退職金制度はなかった)ようですが、その程度の額では早晩底をつきます。
その後どうしていたのか……僕も会社の人たちも知りようがありません。
ただ、彼が公助にも共助にもリーチできなかったのは間違いないでしょう。

さらに約10年前。主任さんが亡くなったときは、吸収先の新しい会社での着任当初から、ちょっとおかしなテンションになっていました。物静か……というか、常時テンションの低い省エネ系の人だったのですが、異常に高いテンションで無軌道ともいえる行動や言動をとるようになっていました。
思えばこの頃すでに、イリーガルな薬物に手を出していたのかもしれません。

ふたりに共通するのは、自分に起きたトラブルを「一人で抱え込んでしまった」、「一人で抱え込まざるを得なかった」というところだと思います。

もし誰か、彼らのそばにいてくれたのなら。
もし彼らが、もう少し余裕のある段階で公助や共助に頼ろうとできていたなら。

彼らは、まだ生きていたかもしれない。
そして僕は、まさに紙一重で今生きていられるのだと、本当に感じます。
彼らになくて、僕にあったもの。それは、いろんな方々との「ご縁」でした。
そしてそれは、今まさに僕を支えてくれているものでもあります。

「人はパンのみに生きるにあらず」と言います。
僕に繋がってくれた皆さんが僕に与えてくれたものは、金品ばかりではありません。僕が最もたくさん頂いたのは、「あなたに生きていてほしい」という、存在の肯定です。それこそが、今、僕を生かしてくれています。また、「絶望は死に至る病」とも言います。彼らを死に至らしめた絶望の正体は、「孤立」だったのではないかと僕は考えます。「孤独」は嗜みや在り方ともいえますが、「孤立」は、命にかかわる危機的状況を指します。

「孤独を孤立させない」という理念を掲げるアイドルユニット、「ZOC」

【「孤独」か「孤立」かを見極める】

困窮者は自分が現在「孤独」を嗜んでいるのか、「孤立」の状態にあるのかをしっかりと見極める必要があります。
もし、孤立状態にあるのであれば、まずは居住している自治体の社会福祉協議会や、生活相談窓口に相談をしてみることから始めてみてはいかがでしょうか?
彼らは「生活」のプロです。
少なくとも、なんら方策を提示せず、空手で帰されるということはないと思います。
誰か個人というのではなく、「世界との縁」が切れてしまうことが、一番の問題です。
孤立状態であることを認識したときは、なりふり構わずつながりを求めてください。比喩でなく、それが生死を分けます。


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