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詩集2023

10
2023年に突如書き始めた詩たちです。自分でも気に入ったやつをセレクトしました。
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記事一覧

雨に遠吠え

雨に遠吠え

狐狼よ今宵はどうしたい

探しているのは幸せかい

それともほかの何かかい

月はおまえを照らさない

土砂降りだけがせめてもの心情

狐狼よ最期はどうしたい

この夜とさして違わない

丘から見下ろす街あかり

おまえの棲家は何処かね

土砂降りだけがせめてもの抱擁

白い砂丘

白い砂丘

暗くて大きな天球の下に、白い砂丘がありました。

広く地平の先まで続き、しんと静まっています。砂粒はさらさらとして細かく、ときおり吹く風に、小さな波紋をつくっておりました。

まれに、天球からこぼれ落ちる星に応じるようにして、砂粒はそこ此処できらきらと光るのでした。

あるとき、砂丘の中からいくつかの形が現れました。黄色、緑、橙とさまざまな色をした大きな鉱石のようなそれらは、砂から湧き出るようにし

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浮世の風船

浮世の風船

腹をすかせた風船が

虚しさをいっぱいに詰めて浮く

色とりどりをまといながら

頼りなげにふわりふわりと

空っぽのかなしみを

はち切れそうなほど裏返しにして

にこやかに

ぷかぷかと首を垂れて

どうかわたしの中身になってくださいと

抱え込めないものを乞うている

春がゆく

春がゆく

春がゆく

あの山間の線路の上を

花びらが埋めた石段の下を

芽生えたばかりの青葉の川辺を

いつかの思い出が弾ける胸中を

あなたとわたしのあいだを

春がゆく

荷を抱え小走りの青年の横を

煙管を咥え腰掛ける老人の背を

風にめくられたカレンダーの前を

光の差し込むカーテンの向こうを

人と街のあいだを

春がゆく

いま、ゆく

目を腫らしてゆく

忘れたようにゆく

ふざけながらゆく

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水とつらら

水とつらら

ぽたり、ぽたり、

と、つららから水がしたたり落ちている。

水はつららの表面を拭い取るように伝って落ちてゆく。

ぽたり、ぽたり、

と、一定の間を置いて、水は滑らかにしたたり落ちる。

やがてつららはその身をよじり、姿形を歪にしてゆく。

その形の不規則に応じるように、水は不安定なリズムでつららの表面をゆっくりと時をかけて削り取ってゆく。

ぽたり、ぽたり、

と、ひときわ細くなった部分を水は

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貝を拾いに

貝を拾いに

貝を拾いにゆきました。

それは、しずかなしずかな浜辺のできごとでした。

きらきらと波紋を揺らす、透けた水の下を

砂が流れては積もり、嵩を増し、また流れていきます。

その砂、その堆積が描く波形は、生まれたての地層の赤子のように

あるいは、三つ子の頃に身にしみついた癖のように

偶然を折り重ね、またとない形を築いています。

潮が寄せては返すたびに

それらは洗われ、崩れ、また現れて、消えて

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避暑地の夏へ

避暑地の夏へ

ゆるいカーブを曲がって、バスは山道を進んでゆきます。

道路脇にはたくさんの木が生い茂り、何層にも重なりあう葉の隙間から、チラチラと陽射しがこぼれ落ちてきます。

避暑地の夏は、こうして幕を開けました。

有名とも無名とも言われる土地です。人が多い日もあれば、こうしてまばらな日もあります。

トンネルの向こうに、まだもうひとつ町があって、そこがわたしのふるさとです。

開け放たれた車窓から、そよそ

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裂け目のうた

裂け目のうた

むかしむかし あるところ

大地がふたつ 裂け目がひとつ

まっくら闇の大陸と のどかな花の浮き小島

ひねもす小島に寝そべれば はるか大陸は蚊帳の外

されど暗闇の霧深く 小島をとらえ渦を巻く

繰り返す波のような日々 にじり寄る霧に果てはなく

怯えた子らは裂け目に落ちて かなしみの歌がこだまする

ある朝見知らぬ来光だ 雲を背負った来光だ

月かあるいは太陽か 大陸も島も飲み込んだ

光は注

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常夜の水鏡

常夜の水鏡

ゆらり、ゆらりと、眩しいほどの月が、水面に浮かんでは揺らいでおります。

このあたりには、常夜、月の映る水辺がありました。

しずかに凪ぐ日も、風雨のときも、月は燦爛と水面に光を垂れに来ました。

その反射は夜の闇に浮き上がり、周りに棲まう者たちの眠りを遠ざけるのでした。

月は水面に問いかけました。

「わたしの光が見えているかい」

水面は答えました。

「なにも聞こえません」

なおも月は輝

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白い館と緑の森

白い館と緑の森

この山裾の緑は、どこまで続いているのでしょう。

サーサーと鳴る風の音だけが過ぎてゆきます。

まるで時が止まったかのようなこの場所です。

今はもう殆ど訪れる人もない白い洋館があります。
それはこの幾重にも連なった山あいの、森の木に覆われるようにして建っています。

客室が多くあり、手すり付きの遊路が設けられ、歩くだけでもそれなりの時間を要する大きさです。屋上には見晴らしのよいベランダが突き出し

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