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卒倒読書のすすめ

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血筋をめぐる冒険

血筋をめぐる冒険

祖母が危ういとのことで、年末年始は母と姉と祖母の住む、山形に行きました。山形新幹線に乗っていると福島から明確に東北という気がします。福島を過ぎるともう、それ以降は雪が増えるばかりなのです。

祖母は現実と妄想の中をうろうろしていると、事前に聞いていたので、それなりの覚悟で帰省したのですが、私が来たからなのか、それとも祖母自身の生命力によるものなのか、かなりしっかりとお話ししてくれました。「覚えてる

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卒倒読書のすすめ 第八回 モナ・アワド『ファットガールをめぐる13の物語』

卒倒読書のすすめ 第八回 モナ・アワド『ファットガールをめぐる13の物語』

「自分」に付随してくる、身体形質「女」というのはほんとうに厄介だ。
『ファットガールをめぐる13の物語』を読んでそう思った。
もちろん、そのほかの形質も厄介なんだろうけど、私は「女」なので「女」の話をする。

主人公エリザベスは太った身体に劣等感を抱いている女の子。インディーズ音楽とファッションを愛している。常に身体への不満と不安から感情が出発していて、太った自分を取り巻く世界に居心地の悪さを感じ

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卒倒読書のすすめ 第七回 ヘルマン・ヘッセ『荒野のおおかみ』

卒倒読書のすすめ 第七回 ヘルマン・ヘッセ『荒野のおおかみ』

 少し前に『普通の人でいいのに!』という漫画がTwitterで話題になっていた。

 カルチャーを拗らせてしまった人が、理想と現実のギャップに悩まされる話である。みにつまされる部分も多々あり、少々の冷や汗をもって読み終えた。そして、この感覚は身に覚えがあるぞと思った。かつて、もっと激しく、こんな感覚になった作品があった気がすると、本棚を一段一段訪問してみた。これだー!と引っ張り出したのがヘッセの『

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卒倒読書のすすめ 第六回 大前粟生『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』

卒倒読書のすすめ 第六回 大前粟生『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』

世の中が悪意に満ちたひとだけだったらいいのにとたまに思う。でも実際、私のまわりにいるのはやさしいひとばかりだから、嫌悪する人間も自分の鏡だから、たまにつらくてつらくて堪らなくなる。『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』はそういうひとたちの話だ。

主人公の七森はぬいぐるみサークルに所属している。生きていてつらいことが起こっても、そのことをしゃべったら相手は傷ついてしまうのではないか、そしてさらにそれ

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卒倒読書のすすめ 第五回 アンドレイ・クルコフ『ペンギンの憂鬱』

卒倒読書のすすめ 第五回 アンドレイ・クルコフ『ペンギンの憂鬱』

主人公ヴィクトルは憂鬱症の皇帝ペンギンと暮らしている。

この設定だけで百点をあげたくなる。皇帝ペンギンがどんな動物か知らない人は一度、この文章から離れて画像検索をしてみてほしい。そしてずんぐりとして目がどこにあるかもわからない、人間の子供くらいの大きさのその姿に、憂鬱症を当てはめてほしい。そんなペンギンが膝に白いお腹を押し付け、甘えてきたらどうだろう。きっと、あなたも百点って思うんじゃないかな。

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卒倒読書のすすめ 第四回 日高敏隆『世界を、こんなふうに見てごらん』

卒倒読書のすすめ 第四回 日高敏隆『世界を、こんなふうに見てごらん』

文系と理系が学問として最初に枝分かれするのはおかしな話だと昔から思っていた。これは、私が全く数学ができない故の屁理屈であり、言い訳でもあるのだが……。
高校の時には文系と理系が分けられて、学ぶ学問がそれぞれに決められる。
とにかく私はいわゆる文系科目がとても得意だった。それらの科目は自分で言うのもなんだが、いつも優秀だった。理系科目はと言うと本当に散々だった。赤点ギリギリもいいところだ。特に数学。

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卒倒読書のすすめ 第三回 木下龍也『つむじ風、ここにあります』

卒倒読書のすすめ 第三回 木下龍也『つむじ風、ここにあります』

死をポケットに入れて、というのはブコウスキーの本のタイトルですが、私は最近、短歌をポケットに入れてます。なにしろ死や言葉は、いくら持ってても荷物になりませんからね。

こんなご時世なんで、「人はなぜ出かけるのか」というのを意味もなく考えたりしています。理由のひとつは、変化する風景を見たいからかなと。脳っていうのは莫大なエネルギーがかかる、かなり非効率的コンピューター。コストがかかりまくってしんどい

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卒倒読書のすすめ 第二回 村上春樹『羊をめぐる冒険』

卒倒読書のすすめ 第二回 村上春樹『羊をめぐる冒険』

村上春樹の小説を読むと「なんだかんだで面白くてムカつく」と思う。これまでにあなたは村上春樹の小説を読んだことがありますか。「なんか今更ベタやし」とか言わないで、もし読んだことがないなら、ちょっと読んでみてもいい、かも。

私にとって村上春樹の小説は、初めて付き合った恋人みたいな感じだ。別れてからいろいろな人生経験して、もっといい男とも付き合ったし、人間的深みもちょっと身につけて大人になったけど、ふ

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卒倒読書のすすめ 第一回 エイミー・ベンダー『燃えるスカートの少女』

卒倒読書のすすめ 第一回 エイミー・ベンダー『燃えるスカートの少女』

「痛い」という言葉では足りない、とよく思う。痛みというのは種類が多い。地獄ぐらい多い。まず、外傷的痛みもあれば精神的痛みもある。その時点で、同じ「痛い」で片付けるのはどうかと思う。
ズキズキ、チクチク、ヒリヒリ。こんな言葉を先頭につけて表現するにも限界がある。

『燃えるスカートの少女』は痛い小説だ。
読んでいて感じる、残酷でひどくさびしく、冷静ながらも繊細で優しいこの痛みを「痛い」だけで表現した

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