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「語り継がれるもの」

和茂は、今朝もシリアルを食べていた。

いい加減飽きてきたので、たまには何か作ろうかと思い、

戸棚を物色していると、奥の方に赤いパッケージを発見。

引っ張り出してみると、ホットケーキミックスだった。

見るからに少し古いみたいだけど、作ってみることにした。

ボールに粉と牛乳と混ぜ合わせて、泡立て器で溶いていく。

途中で白い粉が、もわっと噴き上がったが、何とか全部、

混ぜ合わせることができた。

フライパンにバターを敷いて、適量をおたまで掬って、

落としていく。ジュワッと音を立てて香ばしい香りが漂う。

和茂は、一人前の料理人にでもなったかのように誇らしげに、

フライパンを握って楽しそうに微笑んでいた。

その時、玄関のチャイムが鳴った。宅配便の配達。

まだ焼いている途中だったので、難なく対応できた。

中身は、実家から送られてきた荷物だった。

(もう直ぐ、お昼の12時になろうとしている)

いつも中身を確認してから、実家に電話をしている和茂。

今日も中身を確認しようとして、さっそく開梱してみる。

するとそこには、ホットケーキミックスが入っていた。

そのパッケージの上に、一枚の貼り紙が貼り付けられて、

こんな風に書いてある。

〝前回送ったホットケーキミックスは、焼かないように〟

〝焼くと、1分毎に1歳ずつ歳をとる〟

〝元には戻る方法がないので、決して焼かないように〟

和茂の母親は、今流行りのプロの呪術師だった。

「えっ! ホットケーキが!!!」

和茂は、一瞬頭が真っ白になり、言葉を失ったが、

無意識に、その場限りの大声で、同じ言葉を繰り返し

叫んでいた。

(時すでに遅し)

慌てて火を止めて時計をみると、焼き始めてから10分経過。

気になって、洗面台の鏡の前に、駆け足で行く和茂。

すると、白髪頭の無精髭の男がそこには映し出されていた。

確かに、10歳ぐらい歳をとっている自分自身のように見えて。

トイレに駆け込み用を足し、もう一度鏡の前で見てみると、

やはり自分自身だと確信した。


実家に電話を掛けてみると、母親はびっくりすることもなく、

少し遅かったことを後悔しながら、次のように話をし出した。

「歳をとった方が良いと、必ず思う時が来ると思った」

「人に話をする時に、落ち着きがあり、説得力を増し、

真剣に聞いてくれる」

「歳をとると良いことが、たくさん起きる」

他にも、歳をとることで得られる物事を、たくさん話をしてくれた。

母親らしい考え方で、思いやりのある話ばかりだった。

和茂は、ため息混じりに10歳、歳をとった者の意見として、

心から感謝の気持ちを伝えようとした。

少し重々しくも、流暢に話をし始めた。

母親もそれを聞いて、どこか納得したように電話口の向こう側で、

頷きながら電話を切った。


その後の和茂は、貫禄のある言葉を武器にして全国講演や、

執筆活動に勤しんで活躍の場を広げていった。

歳をとることで、得られるものが、とても貴重な経験の一つになる。

講演を聞いた人々は、和茂の一つ一つの言葉を大切にして、

急に10歳、歳をとったことが、真実なのかどうかは別として、

語り草のように、人から人へと伝えていった。


今でも語り継がれる、ホットケーキミックス外伝として。

焼き時間には、注意が必要。

焼き上がり後、鏡で自分自身の姿を確認するように注意書きが、

パッケージの裏面に記載されるようになったのは、言うまでもない。


※この物語は、フィクションです。








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