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今後の「学校教育」について考える

 先日、日本教育経営学会大会が開催された。オンラインでの開催であったが、シンポジウムや課題研究で重要な議論がなされた。要点を言うと、①これからの教育(教育ではなくラーニングだ、という意見もあった)の在り方は変貌しており、一人ひとりの児童生徒の権利保障(最善の利益の確保)、ウェルビーング、ニーズに対応するべき、②教育経営学の概念も再検討されるべき、という議論であった。
 私は、多様性(ダイバーシティ)を前提として、ウェルビーングとラーニングを基調とした教育行政と学校が今後求められるという考えを持っている。これについては、今後、研究を進めて行くが、その手掛かりとして社会の状況を下記のように検討した。
 第一は、今日の社会では、SNSによる自己演出と相互観察が可能となっており、SNSの「いいね」に見られるように、承認と格付けがすぐになされる。成績評価の範囲も広がっている。子どもたちはそのような社会で生きている。大人も、New Public Managementの進展(侵入?)を背景として、勤務先の勤務評価による承認と格付けと無縁ではない。(参考:信用スコア)つまり、格付け評価社会になっている。
 第二に、バーチャルなコミュニケーションの進展、AIによる労働代替や思考の代替(参考:検索候補や自動翻訳)、労働市場における競争的環境の激化、地域社会の人間関係の希薄化により、個人の自我の確立が容易ではなくなっている。さらに、今日のオンライン化による対面機会の減少や抑制は、人間関係の「リアルな空気感」を抑制している。つまり、人間関係と自我が危機に瀕している。(このため、スマホのLINE、Twitter、Instagramに熱心に取り組み、自我を維持しようとしている。)
 このように、今日の社会は、承認、格付け、評価が席巻し、自我の確立を困難にし、リアルな人間関係が抑制されている。多様性の尊重、人間の発達、成長、学びにとって、望ましい環境とは言えない。
 このような状況で求められることは、教育委員会や学校で、ウエルビーングとラーニングを再興することである。一時的なハピネスよりも、学校全体、クラス全体で目指すべきは持続的なウエルビーングであり、一人ひとりの存在意義の確立とその支援である。そのためには、学校やカリキュラムは、個別最適な学びと協働的な学びの観点から、これまでの実践の蓄積(特長や成果)を継承しながらも、よりフレキシブルになる必要がある。
 そこで鍵になることは、①ビジョン、②オートノミー、③プロフェッショナリズム、④リーダーシップ、⑤リスポンシビリティ、⑥エンゲージメントである。これら6つの視点から、「多様性(ダイバーシティ)を前提として、ウェルビーングとラーニングを基調とした教育行政と学校」が構成され得る。特にリーダーシップについては、今後、再定義が必要と考えられる。もちろん、①~⑥を成り立たせるためのグランドデザインや条件整備(リソース、バジェット)は不可欠であろう。

Copyright Dr Hiroshi Sato 2022(本稿の著作権は執筆者に帰属します)

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