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ショートショート 「一生分のラブソングを」

その瞬間は、思っていたものとは違っていた。
自分の生命なんて普段の生活の中では意識しない。きっとほとんどの人がそうだろう。私だってそうだった。
だから、余命3ヶ月と告げられた瞬間も、私は「へぇ~。」と思った。
余命宣告というと、膝から崩れ落ちるようなショックを想像していたのだが、いざ自分が受けてみると大した感想も出ないものだ。
きっと実感が湧かないからだろう。当たり前にある物がいきなり3ヶ月後に無くなると聞かされても想像がつかない。
しかし、私の横に座ってる彼は私よりは想像力豊かだったようだ。アーティスト業を生業にしている人間なのだから当然といえば当然かもしれない。
「何とか・・・ならないんでしょうか。」
彼は今にも溢れそうな瞳で医者にそう迫った。
医者は淡々と、今後の選択肢を説明する。どこまでも現実的に。希望的観測は述べない。それが彼らの仕事だ。

入院初日、私が病室のベッドで窓を眺めていると、彼がイヤホンを片方渡してきた。
「君の為に曲を書いてきたんだ。聴いてほしい。」
「曲、私の為に?」
私の恋人はミュージシャンだ。ただし、枕詞に「売れない」が付く。
一応組んでいたバンドでCDデビューはしている。しかし小さなインディーズのレコード会社だったし、CDも全く売れずに結局バンドは解散した。
その後ソロ活動を開始したものの、この1年ほどはスランプらしく、全く曲を作っていなかった。
私の家に住んでいるが、家賃や生活費も入れてくれない。
アルバイトもあまり長くは続かず、曲のアイデアを探してくると言って出かけてはパチンコに立ち寄ってバイト代をつぎ込む毎日を過ごしていた。
そんな彼が私の為に曲を書いてきた。
私は渡されたイヤホンを片耳つけて、病室で彼と一緒に聴く。聴き終わると、彼は私の顔を覗き込んで聞いてきた。
「どうだった?」
「うん。私のために作ってくれたのが嬉しい、ありがとう。」
私は作ってくれた嬉しさのみを伝えた。クオリティの問題ではない、作ってくれたという気持ちが嬉しいのだ。
すると彼は自信たっぷりの顔で、「今日から毎日君の為に曲を作って持ってくる」と言った。

その日から、彼は毎日私に曲を書いてきてくれた。

ただ、気がかりなことがある。
最初の頃、彼は作った曲を自分のスマホに落として、私に聴かせてくれていた。しかし、10曲ほど作った頃から家で事前にYouTubeにアップロードし、YouTube上で私に聴かせるようになったのだ。
「再生回数、伸びないね?」
私の語りかけに彼は「君の為に作った曲だから、誰に聞かせるわけでもないよ。」と言って目線を外した。
その日からも私は毎日、YouTubeで一般公開されている私へのラブソングを聴き続けた。
「スランプは脱せた?」
私の問いかけに彼は「君への気持ちが曲を書かせてくれるんだ。」と答える。
しかし、30曲を超えたあたりから既に全く同じコード進行の曲が5つはある。歌詞も段々と雑になってきて、私と行ったことがない江之島の想い出が書かれていた時には流石に指摘した。
「君に対する感情によって出てきた歌詞だから、これは君への曲なんだ。実際に江之島には行ってなくても、この曲で僕と海辺を一緒に歩いているのは君なんだよ。」
だったら実際に行った場所で書けばいいじゃない、何でわざわざ行ってない場所にするの?と私は食い下がったが、それが音楽なんだよと彼は答える。
それが音楽らしい。
その日からも私は毎日、YouTubeで一般公開されている、実際に私とは体験していないエピソードを歌詞にした、私へのラブソングを聴き続けた。


ある日の朝。
春の陽光が気持ち良く窓から注いでいる。
小鳥のさえずりも耳心地よく、私は静かに目を閉じる。
穏やかに、眠るように、私は息を引き取った。
余命宣告から、およそ1年と半年が経った日の事だった。
「あなたの愛が、彼女を生かしたんです。普通では考えられない生命力を見せてくれましたから。」
担当医にそう言われた彼は、何故か複雑そうな顔で感謝を述べた。

それからしばらくして、彼は自主製作でCDを販売した。
アルバムタイトルは「一生分のラブソング」
そのアルバムは全く売れず、彼は多額の借金を背負って音楽活動から足を洗ったそうだ。
私の為だけのラブソングは、ただそこにある、いつまでも。

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